第5章 glass heart【赤葦京治】
「まあ、男だから別に痕になるくらい…」
痛みに顔をしかめ、ため息を吐きつつそうこぼす。
すると、遥の手はふと止まった。
「……そうだよね」
「え?」
「男の人なら、ね…。女に傷跡なんてあったら、やっぱり嫌だよね…」
遥の言葉で我に返る。
遥が気にしないように、普段から発言には気を付けていたつもりだ。
でも痛みに気を取られ、その辺りの気遣いが散漫になっていた。
「遥、違う。そんなつもりで言ったんじゃない」
「…うん。いい」
消毒が済んだ傷口が、絆創膏で覆われる。
まるで、見たくないものを塞ぐかのように。
救急箱を元の場所へしまうと、遥は自分の左腕を押さえて立ち上がる。
白い長袖のシャツの上に添えられた細い指が、僅かに震えている気がした。
遥は、真夏でも半袖は着ない。
その理由をわかっていながら、今の失言。
「ごはん…困るでしょ?買い物してくるね」
俺の顔は見ないまま、遥は家を出ていった。
ほのかなフローラルの香りだけを残し、部屋の中はまた俺一人になる。
やり場のない、自分への苛立ち。
大きなため息と共に、髪を掻きむしる。
「何やってんだ、俺は……」
遥の左腕がどうであろうと、俺の気持ちは変わらない。
でも…
そこを隠そうとする遥の仕草を見るたびに、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
好きなファッションより、他人から注視されないファッションを。
プールや海、温泉には行かない。
何より、他の女性と比べ自分が劣っていると思い込んでる。
遥の左腕に走る、大きな傷跡。
消えないその痕を付けたのも、彼女に劣等感を抱かせているのも……
全部、俺だ。