第5章 glass heart【赤葦京治】
「母が失礼なこと言ってすみませんでした。それに、食事まで…」
「いや。俺こそ傷の手当てありがとう。ご飯もご馳走さま。お母さんによろしくね」
玄関でお母さんに挨拶をした後。
汐里は俺を見送ると言って、わざわざカーポートまで出てきてくれた。
「明日はお休みなんですよね?」
「うん」
「よかった…。じゃあ、一日ゆっくり出来ますね」
「ああ…。うん、そうだね」
明日は遥と日帰りで遠出する予定だ。
でも、いちいちそんなことを言う必要はない訳で。
俺が一瞬視線を逸らしたせいかもしれないし、返答の歯切れが悪かったからかもしれない。
汐里は何かに思い当たったかのように、「あっ…」と口の形を変えた。
「もしかして、お出かけでしたか?…遥さんと」
「…うん」
「だったら、遅くまで引き止めちゃってすみません。楽しんできてくださいね!」
眩しい笑顔に弾む声……なんだけど。
その笑顔に違和感があるのは、俺の自惚れだろうか…。
車を出す直前。
軽く手を上げると、汐里も白い手を胸元へ掲げて小さくそれを振ってくれた。
汐里は本当にいい子だと思う。
明るくて、素直で、気配りもできて…
それから、人のために一生懸命になれる子。
迷子の子どもの気持ちを思って涙したり、俺の怪我の心配をして親身になってくれたり。
人として、とても惹き付けられる。
だからこそ、汐里が誰かと幸せになれる日が来たらいいのに…
そう願わずにはいられない。
すっかり暗くなった夏の夜。
一定の感覚で、車内に街灯の光が射す。
左腕のピンク色のハンカチがやけに視界の端に映り、ふと目を留めた。
そうだ…新しいものを買いに行こう。
次に会えるのがいつになるかはわからないけれど。
ぼんやりそんなことを考えながらアクセルを踏み込み、俺は家までの道を走らせた。