第5章 glass heart【赤葦京治】
「ご迷惑ですよね…ごめんなさい」
申し訳なさそうな小さな声で、汐里が言う。
「いや。迷惑とかじゃないけど、これで夕飯ご馳走になるとか…」
只でさえ手土産もなく突然お邪魔して、その上傷の手当まで手伝ってもらったのだ。
今の時点で気まずさMAX…。
「赤葦さーん、ノンアルコールあるけど飲むかしら?」
朗らかなお母さんの声が、キッチンから届く。
「今日のメニューね、カレイの煮付けなの。おもてなし用のお食事じゃなくて申し訳ないんだけど…。やっぱり若い人はお肉の方が好きかしらねぇ…」
「いえ…そんなことは…」
こういう言い方をされてしまうと、断れる雰囲気ではなくなる。
結局促されるまま、俺はお母さんの好意に甘えることになった。
「美味しいです」
「ほんと?良かった!沢山食べてね」
「はい」
テーブルに並んだ和食。
自炊は気が向いたらするくらいのもので、和食…しかも魚の煮付けなんて、自分では作れない。
お母さんは "普通のメニュー" と言って謙遜していたけれど、こういう家庭料理が食べられるのはありがたい。
「赤葦さんの好きなお料理って何ですか?」
隣に座った汐里が、ノンアルコールビールをグラスに注いでくれる。
「菜の花のからし和え…かな」
「え!菜の花って食べれるんですか!?」
「食べられるよ」
「美味しいんですか?」
「美味しいよ」
「そうなんだぁ…!」
驚いたような感心したような顔が、俺を見つめている。
何だかこうしてしっかり目を見て話すのが随分久しぶりに感じる。
「そういう和食、汐里は作れないものね」
「う…、そうだね…」
「赤葦さんの好きなものなら、作り方覚えたら?」
お母さんの最後のひと言で、俺と汐里は動きを止めた。
ああ…
何となく、そんな気がしていた。
汐里は俺のこと "友達" って紹介してたけど。
たぶんお母さんは、そのままの意味では受けとっていない。
「お母さん、何か勘違いしてない?赤葦さんは、」
汐里が誤解を解こうとしたそのタイミングで、スマホの着信音が鳴る。