第5章 glass heart【赤葦京治】
汐里がシートベルトを着けたのを確認して、車を出す。
彼女の家の場所は知らないから言われるまま進み、駅前の繁華街から遠ざかっていく。
「何か…改めて見るとすごく痛そう…」
信号待ちに当たると、申し訳なさそうに呟く声が車内に響いた。
汐里の視線の先は、俺の左腕。
「見た目ほど痛くないから平気」
また謝られる前にそう言っておく。
別にあれは汐里のせいでも何でもない。
「むしろ、怖い目に遭わせてごめんね」
予想していなかったとは言え、あんな高いところから落ちるなんて…。
汐里を危ない目に遭わせた俺の方が、よっぽど謝るべきだ。
「赤葦さんが謝ることなんて、何もないです!」
真剣な瞳と目が合う。
「ありがとうございました…助けてくれて」
「いや…汐里に怪我がなくて良かった。良太くんにも」
「…はい」
信号が青へと変わった。
ゆっくりとアクセルを踏み込み、視線をフロントガラスの先へ戻す。
その直前。
頬を赤らめる汐里の顔が、視界の端に映った気がした。
俺たちの会話はいつもどおり、何気ない話ばかり。
木兎さんの突飛な行動に驚いたとか、大学時代の黒尾さんのこととか。
それから…
「あ、ツッキーんち、ここなんですよ」
「そう言えばだいぶ前に車で送ったことあるな…。この辺りも見覚えあるよ」
「そうなんですか?あ、あの家です」
「白い外壁の?」
「はい」
月島のアパートから本当に目と鼻の先。
庭付きの一軒家を、汐里は指差した。
ハザードを点灯させて停車したあと、シートベルトを外した汐里は俺に向き直る。
「ありがとうございました」
「うん。ゆっくり休んでね」
「あの、」
「ん?」
「その怪我、せめてうちで消毒してってください」
「え?」
険しい顔で傷口を見ながら、汐里はそう言ってくれる。
まあ確かに見た目は痛々しいかもしれないけど(実際ヒリヒリ痛むけれど)、流血しているわけでもないし。
「いいよ、家で自分で…」
「バイ菌入ったらどうするんですか?化膿して治りが悪くなったら大変ですよ!」
「……」
あれ…
何かこの感じ、木兎さんの世話焼いてる時の汐里に似てないか?
今の俺、木兎さんと同じ扱い……?