第5章 glass heart【赤葦京治】
その手には、おしぼりが何本も。
まるで、こうなることがわかっていたみたい。
「ありがとうございます…っていうか、用意いいですね」
濡れたテーブルを三人で拭く。
「慣れてるからね。木兎さんのいつものパターンだと、こぼしたのを拭いてるそばから今度は別のグラスを引っ掻けるから…」
そう言いながら、光太郎さんの周りのグラスをテーブルの端へ避難させる。
「これが正解」
ちょっと得意気に笑う顔。
その表情から少しだけ幼さを感じて、一瞬年上だということを忘れてしまう。
「あはっ、赤葦さん面白い」
「面白い?…は、あんまり言われないかな」
「そうですか?」
「うん。俺ボケたり出来ないし」
「確かに、想像できない!でも、おふざけ担当は光太郎さんとテツさんで十分です。ストッパーになる人がいなきゃ」
「ああ、そっちは得意」
何だか、こうして話してるだけで…
笑ってくれるだけで…
嬉しいな。
帰り際、駅で解散する前。
赤葦さんには改めてお礼を言う。
初対面なのに迷惑かけちゃったし。
「あの…ありがとうございました。色々…」
「いや、全然。でもお酒は無理して付き合わない方がいいよ」
「はい。気を付けます…」
「うん。じゃあ、おやすみ」
赤葦さんは軽く手を上げたあと、私に背を向けてしまう。
ふと、近くにいた月島くんと目が合った。
何も挨拶ナシは、さすがに失礼だ。
「えっと…ツッキー島くん…今日はありがとね」
「ツッキー島…。どっかの島?」
「もう…ムキになって悪かったって思ってるの!気分よくバイバイしようよ!」
一瞬動きを止めて私を見下ろした後、眼鏡の奥の綺麗な瞳がそっぽを向く。
そして…
「……お疲れ」
それだけ小さく呟くと、月島くんは赤葦さんに続くように駅の構内へと入って行ってしまった。
これが、赤葦さんと、ツッキーとの出会い。
また…会えたらいいな…。
小さくなってく黒い髪の毛を見つめながら、私は心の中で、そんなことを思っていた。