第2章 この腕の中の君 ※【黒尾鉄朗 続編】
は……?何言ってんだ……?
反論しようとしたその時。
視界の端に人影が映る。
寒くもないのに、背筋がスーッと冷えていく感覚がした。
目で確かめなくても、そこにいるのが誰なのかわかった気がして…
それでも見当違いだと思いたくて、ゆっくりと首をもたげる。
そこには、俺たちを見下ろす梨央が立っていた。
「…………これ、よかったら。サービスです」
第一声を出すのに、不穏なほどの間があった。
持っていたプレートからテーブルに移されたのは、甘い香りのプリン。
「それじゃ、ごゆっくり」
ぎこちなく成瀬に会釈をすると、俺の顔は見ないままその場を離れて行く。
「梨央…っ」
慌ててそれを追い、梨央が厨房に入ってしまう間際。
細い手首を捕まえた。
「違うから。成瀬とはそういうんじゃ…」
「何が…違う?全部違うの?」
「……いや」
「一晩中、一緒にいたって…本当?」
「……ああ。でも…」
「キスは…?本当にしたの?」
「……」
あの時飲んだのはカクテル一杯。
たかが一杯のアルコールで、記憶をなくしたりなんかしない。
だから、セックスはしてないと断言できる。
でも…
あの日の俺は熟睡できなくて…
もしかして、寝惚けて成瀬と梨央を勘違いした、とか…あり得るか?
そういえば、唇に何か触れた感覚があった気がする。
否定できない。
していない自信がない。
完全に…迂闊だった。
梨央の手が俺を拒否するように振り払われた。
「まだ私…仕事中だから…」
クソ…何でこんな時に出張なんだよ。
絶対に梨央と離れたらダメなタイミングだろ…。
「梨央。話そう、ちゃんと。…夜、連絡するから」
梨央は俺には目を向けず、無言のまま厨房へ入っていった。
呆然としながらテーブルに戻り、スーツのジャケットを掴む。
そのまま踵を返すと、後ろから声がした。
「黒尾くんが悪いのよ。思わせ振りなことするから」
汚いことなんて知りません、みたいな顔して、こいつ相当なタマだよ。
たぶん梨央がいるの気づいてて、わざと聞かせた。
成瀬がどんな顔でそこにいるのかなんて、目にしたくなくて。
俺は一人、店を抜け出した。