第2章 この腕の中の君 ※【黒尾鉄朗 続編】
困ってしまってただ黙り込んでいると、耳元で柔かな声がする。
「その頃…梨央さんと出会えてたら良かったのに」
「え?」
「似てる境遇なら、きっと梨央さんの気持ち、理解できたと思うし。俺なら、梨央さんが寄りかかれる場所になれたのにな…」
さっきの、少し意地悪な優くんじゃない。
ひと言ひと言、選ぶように届けてくれる言葉は、じんわりと心に染み入ってくる。
「ありがとう…。そんな風に思ってくれるだけで、十分…」
「ん…」
優くんの優しさを胸に閉じ込めて、私はまた身動ぎした。
優くんに下心なんてないと思うけど。
でも、てっちゃん以外の男の人の腕に抱かれてるなんて、やっぱり良くない。
「もう、本当に平気だから…」
胸板を押してみると、私の体はすんなりと自由になった。
「あーあ。目も鼻も赤いし」
首を傾けながら、涙の跡を覗かれる。
「もう…だから見られたくなかったのに…」
恥ずかし過ぎて、思わず顔を両手で覆い俯いた。
するとまた、温かい手が肩に触れて…
「梨央さん。そういう仕草はダメ」
今度は、ただそっと抱き締められる。
「もう一回だけ。…ね?」
その腕は決して強引なんかじゃなくて、抜け出そうと思えば抜け出せる。
でも、この優しい抱擁から優くんの想いか伝わってくるようで…強く突き放せない。
優くんは優しい人だ。
優しいから、申し訳なくなる。
気持ちには応えられないこと、ちゃんと言わないと。
「優くん…、私が好きなのは、」
「言わないで」
「え…」
「黒尾と付き合ってるって時点で、それはわかってることだから。スゲー勝手だけど…まだ好きでいさせて」
「優くん…」
「ダメですか?」
「……」
これがまた、優くんの作戦ならいいのに。
寂しそうな声も話し方も全部演技で、単純な私を騙そうとしているなら…
そしたら、有無を言わさず "ダメ" って強く言えるのに。
でもきっと、そうではなくて。
か細く囁かれた最後のひと言に、私はそれっきり、何も言えなくなってしまった。