第10章 【漆】実弥&悲鳴嶼(鬼滅/最強最弱な隊士)
風柱殿が食い下がれば食い下がるほど、悲鳴嶼の表情は怒りに歪み、気魄も相乗するように巻曲して膨張していく。
本来は熱灰に揺蕩う陽炎と見紛うほど認識が難しく、岩柱という雅号を戴く割には情熱的な気魄を身に纏っているのだが、それが今や絶対零度も斯くやな冷ややかさを練り込み、のた打ち回り、風柱殿をこれでもかと締め付けて離さないでいる。
「その話は保留にしろ」
鰾膠も無く吐き捨てた悲鳴嶼は、困惑して固まる俺の上腕を鷲掴みにして風柱殿から無理やり引き剥がそうとしたが、風柱殿も負けじと抱き竦めてきた。それ即ち鬼殺隊の実力上位二名の引張力が体内で拮抗し、肩甲骨や肩といった関節が張力に蝕まれる事を意味する。
「不死川」
「アンタがさっき議題に挙げたんだろ、早急に次世代の柱を選出する時だと。俺は命に従って最大限の事をしているまで」
「……」
「名前を俺の継子にして甲階級まで鍛え込む。過程で風から派生を生ませて、柱とすれば御の字だろ。それの何がいけない」
「……」
「使えそうな能力を封じて、八年近くもコイツを飼い殺しにしてきたアンタじゃ出来得なかった事を引き継ごうってだけだ」
風柱殿の最後の発言は、悲鳴嶼を動揺させる決定的な一言となった。そして、俺の怒髪天を衝く一言でもある。不出来な自分を糞味噌に扱き下ろすのは構わないが、些細であっても悲鳴嶼を侮辱する事は絶対に赦さない。
刹那、着流しの袂へ放り込んでおいた件の棒苦無を瞬時に掌へ落とすと、風柱殿の下顎目掛けて振り上げた。人を殺す手段は鬼を滅する手段より多岐に渡って簡単だ。如何に彼とて咽頭と舌根を裂かれれば大量に出血し、発語機能の低下は愚か鼓動も鎮まり返るだろう。
而して百戦錬磨な彼もまた、人体の弱所を知り尽くし、良く分かっている。俺の殺気を逸早く察知して棒苦無の動きが視界に入れば必ず喉を庇うに違いない。だからこそ其方は囮と成り得るのだ。その間に本命の心の臓を狙う。自ら死角を増やした仇に溺れながら、死んじまえ。
「ッ――」
悲鳴嶼を振り払う形で闇夜に溶け込む峨嵋刺を懐から抜き出すと、逆手に持ち変え、無駄に発達した胸筋の中央へ切先を突き付ける。だが、此処で誤算が生じた。夕方の時分で既に陽動という手のうちを明かしていた点が原因だったらしい。
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