第10章 【漆】実弥&悲鳴嶼(鬼滅/最強最弱な隊士)
皮膚の薄い部分へ悉く青筋を走らせた風柱殿が破落戸同然といった殺気溢れる表情で俺を睨み上げる。骨頭が隆起した右手で真っ直ぐに胸板を殴り着けてきた為、脇差が睫毛を掠めるくらい傍まで迫り、鋭利な翠刃が頬で跳ねて浅い切り傷を刻んでいく。
「……断る」
「おいおい、夕方の続きでもする気かァ? コイツが翠色を示す限り、テメェは風の呼吸に適性を持つ。柱直々に継子にしてやるっつってんだ、普通は喜ぶところだがなァ」
「誰が喜ぶかよ」
「そもそも上官の決定に対して拒否権が無ェ事くらいテメェなら分かるよなァ。つべこべ言ってねェで黙って従えや、尻軽」
「俺は死ぬまで岩柱の継子だ」
それでも脅し半ばな誘いへ首肯しない俺に、風柱殿はとうとう堪忍袋の緒を切った。一陣の風が瞬く間に襲い掛かってきたかと思えば、怒れる彼の燃えるように熱い掌が革帯ごと喉を鷲掴みにしている。
憎き鬼を屠り慣れた爪先は動脈を圧迫するように喰い込んでいて、拒否の言葉を今以上紡げば潰すと揶揄されているようだった。彼ならば本当に実現する。でも、俺にも譲れないものがあるんだ。
「よォし、殺してでも掻っ攫ってやらァッ!!」
「出来るもんならやってみやがれッ!!」
***
「いい加減にしろ」
血液を押し固めたような瑪瑙の念珠を擦り上げる厚い掌が空気を強かに打った刹那、周囲が爆ぜた。あくまで比喩表現ではあるが、少なくとも俺の視界は瞬間的に潰れてしまう。自慢の体幹も芯を抜かれた人形のようで、信じられないくらいに立位姿勢が保てなくなった。
「ッ……!」
悲鳴嶼の気迫に圧倒されて情けなくも腰が抜けた。無様に頽れかけたが、風柱殿が咄嗟に抱き留めて下さったので横臥までは至らなかった。今にも殺し合わんばかりに対峙していた相手に手を貸すなんて、やはりこの人の性根は善人であるらしい。
「私の邸で幾度も騒ぎを起こすな、不死川」
「騒ぎもする重大な事態が発生してんだ。コイツの刀が翠色へ変容した。風の呼吸が使える可能性が有る」
「絵空事を。名前の日輪刀は黒刀と聞いている」
「ま、コレは日輪刀ではなさそうだが……。悲鳴嶼さんよォ、疑うなら其処に居る隠と刀鍛冶を聴取して構わねェぜ。揃って俺と同じ事を言う筈だ」
「……」
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