第10章 【漆】実弥&悲鳴嶼(鬼滅/最強最弱な隊士)
望んでいた筈なのに、いざ黒刀へ成らないというのも具合が悪いもので、事実を受け留めきれない。そんな折であっても、客間の外よりやおらに掛かった俺の通称を聞き漏らさずにいられたのは、奇跡に近かった。
「岩注連」
「!」
僅かに艶を含む掠れた低音の声は風柱殿のもので間違い無いだろうが、先程までの威勢の良さが随分と削がれている様子。他者との間で軋轢を生じさせたり、悲鳴嶼に叱責された程度で意気消沈するような人では無い筈だが。
「さっさと来い」
「……はい、ただいま参ります」
首を捻っていた二人は俺の声を聞いて、客間の前に立つ迎え人の存在を察したらしく閉口する。其れを切っ掛けに、先行きの不安については一旦飲み下す事にした。この特殊な畑を耕す為の経験や知識が足りない自覚が有ったから、悩むだけ無駄な骨折りだろう。
防具は後ほど引き取る旨を口添えしつつ、急な退室に対して詫びを入れると、鉄穴森さんは「ご武運を」と頷き、後藤は軽く手を挙げ、快く送り出す態度を取ってくれた。俺が脇差用の鞘を引き掴み、滑らかな納刀と成る直前……慌てた様子で飛び掛かって来るまでの話だが。
「お待ちください!」
「ちょっと待て!」
「ッうお……、二人とも、どうし……」
「色が変わった、変わりました! み、緑系統に見えました!」
「俺も見たッ、鞘に収まる直前に光った!」
「え……」
「――緑だァッ?」
二人の切羽詰まった叫びがわんと辺りに響いた途端、俺より強く反応したのは風柱殿である。繊細な中抜き襖を破壊する勢いで引き分けたかと思えば、三白眼を血走らせた危い表情で、ズタズタ喧しい跫音を鳴らしながら入り込んで来る。
そして、佩く寸前だった脇差を俺から強奪し、鞘を打ち捨てるように振り抜いて刀身を露わにした。さながら雅号のままに暴れ風の如き手際である。
「……ッは。確かに翠色だァ」
「……有り得ない。俺は黒刀だ。一度入った色は覆らない筈」
「テメェが初例ってこったろォ」
「……」
「こうなった以上、俺の継子として風屋敷に来い。折角だ、岩柱の継子じゃ無くなるなら呼び名も改めてやらねェとなァ」
「丁重にお断り致します」
「……あ"ぁ"? 断んじゃねェよ、覆しようがねェ事実を前に我儘ほざくな、餓鬼」
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