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日章旗のデューズオフ

第10章 【漆】実弥&悲鳴嶼(鬼滅/最強最弱な隊士)



「先ずは此方を」
鉄穴森さんが静かに桐箱を押し出した。職人らしい無骨な掌が蓋部分を慎重にずらせば、息を飲むほど美しい輝きを放つ日輪刀と、一尺半程度の中脇差が収納されていた。彼の打つ日輪刀に惚れ込んでいるという贔屓目抜きで『地色青く焼刃白し』を体現した最上級の逸品であると分かる。
「如何でしょうか」
「どちらも……素晴らしいと思います。さすが鉄穴森さんだ」
「光栄です。鍔はご依頼通り引き継ぎました」
「ありがとうございます」
俺の日輪刀を飾る鍔は、最終選別突破の尽力を慰める為と悲鳴嶼が意匠して下さったものだ。金無垢の丸形覆輪と黒鉄真鍮の平地に、九の萼と六の花弁を持つ蓮華が浮き彫りされた厳かな紋様。小柄櫃孔も笄櫃孔も無い密度の高い刀装具は、鬼の爪牙を数え切れないほど受け止めては凌いできた。
日輪刀が何代挿げ替わろうが同じ鍔を使い続ける事は一種の験担ぎでもあったし、悲鳴嶼から与えられた物質的価値を簡単に手放したくないという理由も有った。他人が知ったら泥濘に嵌ったような不快感を露わにされるだろうから、胸の内を口外した事はないけれど。
「ささ、手に取ってください」
「……はい。失礼します」
色変わりの瞬間はいつも緊張する。途中で別の色へ成り代わる前例など無いのに、何かを期待してしまう。汗が滲む手で日輪刀を掴み上げた途端、鎺から急速な変化が見込めた。切先まで侵し拡がる陰翳に不穏を得た瞬間、悟って諦める。今回も理の当然とばかりに黒色のようだ。
「やっぱり、黒かぁ……」
如何なる呼吸への適性も見込めず、故に出世もしないと云われる黒色が、俺の日輪刀の色。忍にも成り損じ、鬼殺隊士にも成り得ない――刀身が黒を帯びる度に突き付けられる現実は何時だって心を俄かに重くする。悄気る俺を他所に、後藤は興奮した様子で肩を叩いてきた。
「うお、いつ見てもすげーな、お前の黒刀!『可視光を吸収する濃黒』だっけ! そう称されるだけあるわ!」
「少しは俺を元気付けたって罰は当たらないんだよ後藤サン」
桐箱に同梱されていた鞘を取り出して納刀し、貝の口の角帯へ力任せに差し込みながら近過ぎる同期の顔を押し返す。掌を叩く荒い鼻息が擽ったくて俺まで失笑を誘われそう。彼と一緒にいると落ち込む暇も、考え込む暇もないな。

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