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日章旗のデューズオフ

第10章 【漆】実弥&悲鳴嶼(鬼滅/最強最弱な隊士)



途端に鼓膜を打って脳髄まで響く力強い鼓動。太い手首から伝わる脈拍は規則正しくて、良くも悪くも乱れた気がゆっくりと凪いでいく。何かと心理的に不安定であった餓鬼の時期に直ぐ気を昂らせていた俺へ、良くしてくれていた事だ。心の臓の音を聴かせるという、明確な愛情を感じられる行為である。
「行きなさい」
「……はい」
普段厳しい分だけ気紛れに甘やかされると、嬉しい反面、名状し難い臓腑の瘙痒感に襲われてしまう。無意識に肋の辺りを抱き締めながら、こくりと唾液を嚥下する。
このまま精神をぐずぐずに溶かされたい未練混じりの欲求を断ち切るように、再度勢い良く頭を下げ、蕩ける熱を無理やり振り払った。手間を掛けさせた事に対して短い謝罪を入れると、踵を返して広間を辞する。
(……女々しい奴)

***

さて、悲鳴嶼の邸に於ける客間とは、広間より三間先の和室を指す。邸の中心部に存在する十字の廊下を進むより、指矩型の縁側を進んだ方が早いところにあるのだ。其方から複数の気配がする。鉄穴森さん一人では無いようだった。
(……おっ)
一声掛けて客間へ通ずる雪見障子を開くと、湯呑みを傾ける鉄穴森さんは元より、小皿に高級菓子のカステラを丁寧に取り分ける後藤の姿が在った。
「ご足労賜り恐縮です、鉄穴森さん」
「いえいえ。夜明け前に失礼します」
「とんでもない。後藤も久しぶり」
「よう、名前」
後藤が居るだけで場の空気が和やかで具合が良い。麗らかな春風に揺れる新芽のような、健康的な生命を彷彿とさせる柔らかい気魄を持った彼の傍に居ると、随分と心地が良かった。
「半年ぶりくらいか。元気だった?」
「元気元気。お前は相変わらず顔色悪いのな」
「失礼な」
「どうせ何も食ってないんだろ。飯はちゃんと食えよ」
「久々に顔合わせたってのに、お小言は止めろよ母さん」
「誰が母さんだッ莫迦野郎ッ!」
適当に座り込む俺の軽口に眦を釣り上げる後藤へ舌を出していると、一部始終を見ていた鉄穴森さんが火男面の下縁を摘んで小さく肩を揺らした。「仲が良い事で」と囁く耳当たりの良い声が弾んでいたので、笑っているのだと分かった。俺達は顔を見合わせると頬を緩め合う。

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