第10章 【漆】実弥&悲鳴嶼(鬼滅/最強最弱な隊士)
怜悧な霞柱殿と折衝して『俺が何とかする』と言ってみたものの、売り言葉に買い言葉で熱くなっていく柱同士の諍いに、どうして勇猛果敢と突撃していけようか。間接的には俺のせいであってもだ。喧騒の中に在り、堂々と夜空を見透して現実から逃避した。
(……)
庭園内で存在感を放っている六尺程度の立位捨て石を中点にして、深山幽谷の稜線と玉桂の輪郭が交わっている。瑞々しい松の葉が朧気な月影を浴びている事からも分かる様に、彼誰時が直迫った証左であった。
鬼が蔓延る夜直は太陽さえ昇ってしまえば絶対的な終わりが訪れるわけだけど、最近はそれを身をもって体感できる夜明けの刻が結構好きだったりする。
(……朝が好きなんて、俺も変わったなぁ)
国破れて山河ありとも云う。悠久たる陽の光には、鬼舞辻無惨ほどの鬼であろうが到底敵わない。その事実が転じて、俺に自然の力強さを味わわせる。それに相当する滅殺手段が確立されている事も一層心強い話だ。そういえば、俺の日輪刀はいつ直る見込みなのだろう。鉄穴森さんに鴉を飛ばした方が良いかもしれないな。
「名前」
「はい、悲鳴嶼さん」
風炎の竜攘虎搏たる姿を後目に懸く悲鳴嶼は、独特な曇りを有する南紅瑪瑙の念珠を取り出しながら、「しばらく客間で待機していなさい」と命じてきた。呆ける俺を哀れんだのか、事態の収拾を図るまで席を外すよう促されたのだと思った。
若しくは、会議の前哨段階は柱稽古の進捗を報告する時間であったり、丙階級程度の俺が耳にする事すら許されないような話題を歯牙の間に置くのかもしれない。
どちらにしろ彼の言う事を聞いた方が身の為だろう。ひとつ頷いて素早く腰を上げると、悲鳴嶼の熱を帯びた掌が肩に置かれた。見上げれば、朝以来の慈しみに溢れた穏やかな微笑みを噛んでいる。
「……お前の担当刀鍛冶が邸を訪れている。日輪刀の修復が済んだのだろう。客間へ通してあるので受け取っておきなさい」
「!」
「煉獄と不死川を宥めたら直ぐ呼ぶ」
「承知しました!」
噂をすればなんとやら。俺の溌剌とした返事を聴いて眉尻を下げた悲鳴嶼は、偽りの装いを止めて染め粉が及ばなくなった旋毛へ親指を添える様に掌を滑らせると、そのまま側頭部をすっぽりと覆ってきた。
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