第9章 【陸】玄弥&実弥(鬼滅/最強最弱な隊士)
それはつまり、俺じゃなくて兄貴に嫉妬してるって事に、なっちまうんじゃねぇの。奉行所の御白州へ引き摺り出された咎人の如く眦を引き攣らせながら、己の首を締める最悪の結論だけは問答無用で嚥下して胃の腑に落とした。
恐る恐る上目遣いで窺うと、奴は目が合うだけで蕩けるような甘い微笑みを浮かべた。それと同時に後頚を引き寄せてきた力加減は妙に優しく、溶かした飴みたいにねっとりしている。呼応する様に気魄も粘り気を帯びて泥濘み、俺の全身に纏わり付いて包み込んできた。
「ッお前、俺の事、嫌いじゃなかったのかよ」
「誰がンな事言ったんだよ。まあ……好きだとも伝えてねぇけど。俺、好きな子の前だと上手く話せねぇんだ。その点、まだ兄貴の方が積極的で羨ましい。でも今回だけは先越されたくねぇなって」
「なんで、そこまで……」
「……アンタは、俺の境遇を勝手に哀れまなかった。母ちゃんや妹弟達の事、兄貴の事、ここまで俺が生きてきた経緯をアンタは絶対に哀れまなかっただろ。それが、凄く……」
勝手に気を昂らせて流動的に泥と濁る三白眼が、ついっと下へ落ちた事で嫌な予感がした。此奴、いま俺の唇見てるな。俺から齎されるであろう肯定的な台詞を期待しているだけなら百歩譲って構わないが……口を吸いたくて見詰めているなら本当に勘弁して欲しい。
「それだけの事で人を好くのか、お前」
「それだけって事はないけどよ……、あくまで切っ掛けって奴だよ、切っ掛け」
「今からお前の半生を哀れみまくったら撤回してくれる?」
「岩注連は記憶に無いだろうけど、俺の気持ちが絶対に揺るがない言葉をたくさんくれてる。今度はそれを胸にアンタを想うだけだ」
「……重てぇよ」
苛立ち混じりに低く唸れば怯むだろうと思ったのに、玄弥は頬に朱を差しつつ花が咲くように「まあな! 自覚してる!」と表情を綻ばせた。芽吹きを思わせる春の麗らかな陽光の様で、酷く眩しかった。
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