第9章 【陸】玄弥&実弥(鬼滅/最強最弱な隊士)
「……」
「っ、……?」
玄弥が激昂する直前まで、今日の風柱殿の発言や行動を一思いに暴露して「俺はお前の兄貴に気に入られてんだぜ」と、俺の醜い嫉妬心を誘発した意趣返しでもしてやろうかと思っていたが、我慢して本当に良かったと胸を撫で下ろす。俺の腰を這う玄弥の緩やかな手付きに、既視感を抱いたからだ。
「な、なにしてる。触んなよ」
「……良かった」
「触んなって」
「兄貴と俺さ、餓鬼ん時から好きな子が被るんだ」
「急に何の話?」
「兄貴は本当に優しい人だけど、好きな子に対しては破壊的な衝動に突き動かされるとこが有ってさ。本人に自覚がないみたいでタチが悪いよな。……だから、兄貴が意地の悪い事してると、好きな子なんだって直ぐに分かる」
「……」
「岩注連、アンタが、そうだよな」
外耳輪の稜線が噛み千切られそうな勢いで唇を寄せられて、玄弥に低く言い放たれた瞬間、言い様の無い不気味な心地に陥って、体内を巡る血潮が須らく熱を失った。一種の嗚咽が喉元を迫り上がり、身を屈めて震える口元を抑えてしまいたい。
それなのに身動きを許さないといった熱烈な抱擁を掻回されてしまい、気道が詰まる。何せ俺達の上背は微差なのだ。悔しい事に玄弥の方が僅かに高いが、これだけ胸を密着させて顔が近いと、身長差など些末な話である。しかし、風柱殿相手以上に顔の重なりが自然なのは否めない。
「は、柱稽古だと、隊士が吐いても、身体中を痣だらけにしても、容赦無くボロボロにしてるらしいけど。俺以外にも意地悪い事されてる奴は大勢居ると思う」
「いや、違う。一線を画してる。俺、夕方の山中でアンタらを見掛けたんだ。兄貴、愉しそうにアンタを追い詰めてた。あの表情に見覚えがあるのは俺だけだ。だから分かっちまったよ」
「……」
「兄貴に何もされてないって、言えよ」
玄弥の言動が荒々しく変調を来している事は分かっていた。まさか俺達を発見した時に態々留まり、風柱殿の加虐的な発言を聴いてしまったんじゃ……という不安が俄かに胸中を渦巻いていたが、今の発言で予感が的中している確信を持った。
(……俺に風柱殿を奪われる心配をしてんじゃなくて、俺が風柱殿に奪われる心配をしてる……)
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