第9章 【陸】玄弥&実弥(鬼滅/最強最弱な隊士)
(……)
雨が降った墓場で極稀に鬼火という現象が起きる。世間一般では人魂が浮遊した様子と考えられているが、実際は燐が燃えたものである。極限の恐怖や人間の想像力が居もしない存在を捏ち上げるように、今の俺も有りもしない脅威に身構えているだけかもしれない。
(……気分が、悪い)
まぁ取り敢えず保留だ、と思考を切り上げた。こんな事に時間を割いている場合ではない。広間の支度をしなくてはならず、その為に自室から携帯用の石油灯火を持ち出そうと遠回りをしただけなのに、時を無駄にした。
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棒苦無を袂へ適当に放り込んで腰を上げる。縁側へ戻ろうと踵を返すと、その先には怪訝そうに俺を見詰める玄弥の姿があった。これが柱相手なら足袋のまま庭へ出ていた弁明の為に舌を回すけれど、玄弥相手なら無視で良い。
奴は俺と視線が絡んだ瞬間に動揺したのか、派手に肩を上下させていたが、此方はそれに対して一切の反応を見せず、榑の床板に一旦腰を落ち着ける。足袋を脱ぐ後ろ姿を穴が開くほど見詰められているのが気配で分かって、居心地が最悪だ。
「……ッい、岩注連!」
何処かに行けと恫喝して睨み付けてやれば良かったと内心で舌を打っていたが、肩を強かに掴まれた事で、本当に舌打ちする羽目になった。刀鍛冶の里へ赴いてから随分と雰囲気も表情も丸くなった様だが、そんな変化は俺にとってなんの喜びにも繋がらない。寧ろ厭わしい。
「触んな」
「……ぁ、」
肩を回して玄弥の大きな掌を振り払うと、傷付いたような弱々しい声が降ってきた。俺を悪者にしたけりゃ勝手にすりゃあ良い。悲鳴嶼と俺の間に割って入ってきた不死川玄弥を、俺は絶対に赦す事など出来ないから。
(腹立つ……)
――継子になりたいと吠え散らかし、悲鳴嶼の回りを彷徨き続けて弟子という形に落ち着いた後も、直ぐに癇癪を起こしては傍らに侍る俺へ罵声を浴びせていた以前の姿の方が、まだマシだった。
動くもの全てに噛み付いていた狂犬が一変して、悲鳴嶼好みの従順な忠犬になっちまったら、もしかしたら悲鳴嶼が……俺だけの行冥さんが、やはり玄弥の方が子飼いに相応しいと言い出すような気がして。俺よりも、此奴を選んじまう気がして。
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