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日章旗のデューズオフ

第9章 【陸】玄弥&実弥(鬼滅/最強最弱な隊士)



鋭い流眄を寄越せば、殺気を向けられた自覚が生じたのか、謎の生物は視線が交錯した瞬間、それまでの覚束無い足運びが嘘みたいな正確さで、邸の境となる建仁寺垣の方へ、滑る様に駆けていく。
(逃がすかよ)
手早く羽織を翻して袂落としから棒苦無を抜くと、目標へ向かって逆手で打った。自慢じゃないが、武器の投擲速度は天元をも凌ぐ自信がある。これは骨格の連動、身体の動作特性の違いによるもので、上背や筋肉量は関係の無い話になるのだが、一先ず割愛する。
さて、棒苦無の切先が接触して薄氷が僅かに砕ける涼やかな音と同時に、喉が潰れた猛禽類のような断末魔が耳を劈いて鼓膜を震わせた。束の間、拳大の禍々しい煤が上がり、即座に掻き消える。
迷う事無く足袋のまま庭へ降りて歩み寄り、貫いたであろうモノを視認しようと膝を広げてしゃがみ込む。胴腹を貫かれて燃える生き物など検討も付かない。今見たものが俺の錯覚である可能性も捨てきれないうちは、とにかく己の目で確かめてみないと始まらなかった。
「……あれ、居ねぇ」
確かに手応えを得た筈だったが、鋭利な切先は何も捉えていなかった。翅の残骸すら残されていない。池の底へ沈み掛けていた得物を掴み上げ、念の為に鼻を近付ければ、鉄の臭いに混じる僅かな腐敗臭が確認出来る。
(黄燐? ……いや、違うか)
或いは自然現象を疑うしかない。浅学非才な俺では限られた知識しか持ち合わせていないが、火を上げる物質といえば黄燐くらいが妥当だろうか。黄燐は空気中で酸素に触れると自然発火する。燃えれば猛毒を含む煙霧を発生させるのだ。
しかし……毒の耐性を身に付ける訓練は餓鬼の頃から何度も挑戦させられてきたが、吸った毒煙から腐敗臭がした事はなかった。そこまで経験を辿ってみて、顎を捻る。
(……まるで、鬼の臭いみてぇだな)
だが、此処は鬼殺隊本部の深部も深部。お館様や柱の居住区域だ。鬼の侵入を許したとあれば、悲鳴嶼や杏寿郎さん、未だ滞在している風柱殿が俺より先に察知するだろう。
幽霊の正体見たり枯れ尾花という奴だろうか。妙な跫音、不愉快な断末魔、上がった煤火、消失した姿、いずれも全くもって不可解だ。それであっても今、深く考える必要が本当に有るのかと詰められれば自信は無い。

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