第16章 【拾参】時透&実弥(鬼滅/最強最弱な隊士)
(……好機か)
中型背嚢から数個の煙幕玉と数本の石筆を抜き取ると、握力に物を言わせて十把一絡げに握り潰して粉々にする。砂糖、可燃性粉末、蝋石、滑石の微粒子を、そのまま一粒も余さず空中へ撒き散らした。恰も神様を祀る神聖な土俵を邪気払いの為に塩で清める力士が如く、豪快に。
水分を含む雪というものは、空気中の微細な物質を適度に重くする。今し方散らした粉塵が跡形も無く風に紛れて姿を眩ませていくように見えても、実際は粉雪のお陰で、その場に滞留しているのだ。散布した俺には煙のように漂う軌跡が良く読める。
(……善し)
充分に拡散した様子を確認すると、両掌を数回打ち付け合う。指紋に入り込んだ不純物を払い落としたいという一般的な動機からではなく、自らが引き起こそうとする残酷な現象への呼び水である。
そのせいで煙幕玉の爆ぜと石筆の欠片で傷付いていた左掌は堰を切ったように血液を溢れさせた。心の臓が掌中に収まったかのような心地だが、規則的な拍動を正確に刻む懐中時計が在ると思えば不幸中の幸いだろう。何せ時機を読まなければならない。適切な時機で、奔らなければ。
どく、どく、どく。砂利を踏み分ける轍を残しながら左脚を遥か後方へ引き、腰を低く落とし込んで重心を下げる。極端な前傾姿勢のまま軸脚の前腿と利き手の上腕を重ねる様に構えて、胸元で木刀の柄部分を握り締めれば、鐺にあたる木刀の切先が天を高く斬り上げた。その拍子に悲鳴嶼の羽織が翻って棚引き、一気に外連味が増していく。
(──往こう、往こうか、悟りの境地へ。すべからく悟りの境地へ到達した者こそ、悟りの境地そのものであるが故。噫、幸あれかし)
どく、どく、どく。雷鳴の残響を背負う我妻の姿を記憶で辿っただけなのに、脹脛に千本の針が突き刺さったかのような痛みが走る。風柱殿の指摘通り、俺の脚は雷の呼吸に耐えられぬほど負荷を高じさせているようだ。忍と剣士の縮地を織り交ぜた程度でこのざまとは、まだまだ『空蝉』の練度が足りないかと舌を打つ。
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