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日章旗のデューズオフ

第14章 【拾壱】岩&風&霞(鬼滅/最強最弱な隊士)



「それにしても今のは一体。聞き慣れない言葉でした」
「般若心経だな。名前は反復動作として般若心経の真言を唱える」
「そうなんですか」
――悲鳴嶼の言う通り、阿弥陀如来の帰依を表して慈悲を重視した念仏を唱える悲鳴嶼や玄弥と違い、般若心経の真言をまじなう事が俺の反復動作だった。『空蝉』を扱う俺は『空』を肯定しなければ自我を保つ事が出来ない。
人を欺き、人を貶め、人を傷付け、人を斃してきた過去がある俺に南無阿弥陀仏は身に余る。神仏はきっと、往く先が地獄で確定している俺に慈悲を与えられない。だから己で己の在り方を肯定する、悟りの経典を選んだのだ。
(……にしても意外だな。興味津々じゃねぇの)
流れというものを滞らせるわけにはいかないので、一瞥を配る事すら叶わなかったが、視界の端で水縹色が揺れている事には気付いていたし、声の調子からしても浮ついた様子で、俺の一挙手一投足へ即座に反応している。
それに対して返事が出来ないのは申し訳無いと思っていたけれど、一度に四人分の呼吸を見て音を聴く為には或る程度の集中を要すると判断せざるを得ず、受動的な感覚を閉じなければならなかった。
(……目と耳は前方だけに集中させる。それ以外を、閉じる)
「こ、恋の呼吸、参ノ型――!」
「甘露寺、待て!」
「水の呼吸 拾壱ノ型――」
「あらあら、隙だらけですよ?」
さて、第一試合の様子はといえば……有り体に云って大混戦を極めていた。どうにも調子が悪そうな姐さんを伊黒大兄が必死に支援し、柔軟に受け流す水柱殿を囮に蟲柱殿が隙を突く。どちらが優勢かは一目瞭然だった。
姐さんは顔色を真っ青にしていた。大兄との連携が上手くいっていない自覚は有るらしく、なんとか態勢を整えよう、劣勢を覆そうと躍起になる余りに、却って肩肘が張るわ手元が狂うわの悪循環に陥っているようだった。
(姐さんは仲間と刃を向け合った事が無いのかもな……?)
そういえば彼女の柱稽古は『地獄の柔軟』だった。書いて字の如く、隊士の柔軟性向上と関節可動域の拡大を主とした稽古である。他は木刀を用いた動的な稽古が多い中、柔軟体操のみとは姐さんらしかった。彼女自身の身体がしなやかだからこその内容という点は当然ながら、仲間同士で刀を打ち付け合う事に抵抗があるからこそ、なのかもしれない。

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