第14章 【拾壱】岩&風&霞(鬼滅/最強最弱な隊士)
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「はぁぁぁ……」
「わざわざ僕の横で溜め息付くの止めてよ」
「…………すみません」
冷徹さを帯びた平坦な声に、先程とは別の意味で背筋が震える。とはいえ自らの変化に打ちのめされた俺は、合わせた掌の中へ籠った謝罪を注ぎ込む事しか出来なかった。霞柱殿は呆れたような細い息を吐き出すと、翠色冷光も斯くやな眄目を残しつつ、前へ向き直る。
(……)
あれから風柱殿にはかなり執拗く絡まれたが、咄嗟に剥き出しの腹へ凍えた掌を押し当てて喫驚させ、強引に振り切った。まぁ実際は怒りを顕にした勢いで頭を叩かれた後に、容赦なく突き飛ばされたのだけれど。
かといって金環の双眸を爛々と輝かせる杏寿郎さんの傍へ寄る事も憚られた俺は、逃げるように霞柱殿の横を陣取っていた。反対隣には悲鳴嶼が居て安心感が半端ではない。あちらの二人が騒がしい『動』なら、こちらの二人は大人しい『静』だ。
空蝉に呼吸を仕込むことに極力集中したいという建前の元、背後の『動』を指し示しながら『静』の間へ割って入る許しを乞うたところ、悲鳴嶼は縷々と涙を落としながら「好きにしなさい」と憐れんでくれ、霞柱殿も「悲鳴嶼さんが構わないなら」と頷いて下さったのだ。
「ところで、本当に見るだけで呼吸を覚えられるの?」
(……)
「その姿勢、本気? しっかり集中してる?」
(……う、煩いな)
これで安泰だと胸を撫で下ろしていられたのは、束の間の出来事であった。霞柱殿から次々投擲される刺々しい言葉が鼓膜を劈く。転び出ていた無意識下の溜め息も然る事乍ら、注視中の姿勢を指して気が散っていると誤解しているらしい。
胡座の内膝に肘を着いた前傾姿勢で、合掌の親指を頤に引き掛けて鼻口を覆う姿は、一見するとだらしがなく、不誠実だと受け止められても仕方が無い。でも俺が巫山戯た態度を取っていれば、真っ先に悲鳴嶼が許さないだろうに。
「羯帝 羯帝 波羅羯帝 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶……」
「……え? なに? なにか言った?」
「……時透、名前へ声を掛ける事は控えてくれ」
見兼ねた悲鳴嶼が気を利かせてくれたお陰で、そこから霞柱殿は口を噤んだ。小さな声で謝罪も呟いていた。率先して集中を乱しているのは貴方だとは口が裂けても諫言出来なかった立場としては、一先ず緊張が解けた心地である。
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