
第14章 【拾壱】岩&風&霞(鬼滅/最強最弱な隊士)

苛立ちに歯噛みした途端、風柱殿の前腕から家鳴りのような軋み音が鳴って忽ち膨らむと、肘が鋭角に曲がり、瞬間的に頚の締め付けを増した。頸動脈が一気に圧迫された事で眩暈を起こし、眼前に波状の星が散る。くらりとした弾みで草履の爪先が突っ掛かって風柱殿に抱き着いてしまったが、それこそ彼の思う壷であったらしい。
「名前よォ……」
「ひッ……!」
齧り付く気かという勢いで外耳殻に火照った唇を押し付けられた。吹き込まれる俺の名がまるで呪詛のように恐ろしい響きを含んでいる。突発的な癇癪ではない。凍てついた焔に炙り立てられて、静かに眦を裂いているようだった。
「はなせ……ッ」
「待て離せと餓鬼みたいに喚くんじゃねェ。柱全員がテメェ一人のために長時間拘束され続けるわけにいかねェことくらい、上意下達とやらが信条な名前なら分かるよなァ。早くしろォ」
「それとこれとは話が別ッ! 自力で歩けるから離せって言ってるだけじゃないですかッ……!」
「あ"ァ"? 先刻、悲鳴嶼さんに近付く時、脚ヤッてただろ。だからわざわざ肩貸してやってんだろうがァ」
「肩貸す人は、今の貴方みたいに上から腕回したりしないんですよ……って、えっ」
何故それを。傍目から見て何事も無いように振る舞えていた自負が有ったばかりに精緻且つ的確な指摘を受けると却って不気味である。きっと恐怖ゆえだろう、酩酊を伴う悪寒が背筋をゾクゾクと駆け昇った。
その波は軈て後頭部の辺りで激しい紫電を生じさせ、爆発的に全身へ拡散し、下腹部へ収束していく。筆舌に尽くし難い不快感に眉宇を引き絞る他ない。まさか本当に風邪でも引いたのだろうか。
「…………なんで分かったんですか」
「……脚引き摺ってんだよ莫迦が。つってもテメェと鍛錬し続けて重心の癖を熟知した俺だから分かったみたいなとこ有るけどなァ」
「……」
「理解したら抵抗すんな、俺に身体預けて大人しく歩けェ」
「……」
――本当に俺の事を良く観察している。そして俺の些細な違和感に良く気付いている。何故といった疑問は言を俟たない。口にする事すら躊躇われる真実に血潮が沸き立ち、身体の最奥が疼き、強い既視感に襲われて眩暈が酷くなる。
天元へ房中術を施した時に得た感覚と良く似たこれは、苦手だと思ったこれは――快感だ。きっと先刻から俄かに心身を巣食い続けていた不気味な心地も、快感だ。
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