第14章 【拾壱】岩&風&霞(鬼滅/最強最弱な隊士)
照れ隠し故と考えれば今の様子も辻褄が合う。なんとも不器用極まりない優しさに一種の憐憫を覚えもするが、善人な本質を知るぶん、癪なことに愛おしさが勝った。これが姐さんで云うところの『きゅん』という奴だろうか。
それも「癪だ」と強情を張れなくなってしまったのは、適当に角帯へ挟んでいた手拭いを抜き取られ、少々荒っぽい手付きなれど甲斐甲斐しく髪や膚を拭かれ始めたせいだ。
「しっかり拭いとけェ。俺が水浴びを許可した手前で風邪なんざ引きやがったら承知しねェからなァ」
「ッ――」
言葉に閊える。頭の芯がジンと痺れた直後、ほろ苦い唾液が溢れて頬の内側が一気に冷えた。飲み下す折には何故か甘みを帯びているのだから不思議だ。わしわしと揉まれる髪の合間から窺えた相貌が、発言の割に穏やかな事も混乱に拍車を掛けた。
「名前! 不死川! 伊黒が合図している!」
「はいはいィ」
「――……ッは、」
杏寿郎さんが割り込んでくれなければ、今度は俺が照れ隠しで風柱殿に噛み付いていたかもしれない。胸腹部を晒した格好の貴方に風邪を引くなと言われても説得力が無いですね……なんて可愛げの無い事を宣ってしまうところだった。
程なくして湿った手拭いが角帯へ押し戻される。そして手練の証左たる胼胝の無い滑らかな掌が俺の前髪を捉えると、拭きあがりの具合を確かめるように撫で付けていく。つい挙動を目で追ってしまうのは、額を弾かれたばかりだから警戒しているだけに違いない。そういう事にしたい。
「……あの――」
「……ん、よし。こんなもんかァ」
ふ、と口角を緩めた風柱殿は薄明弧の紫光の瞳を蕩けさせ、満足そうに囁いた。質感として響きがたく通りにくい独特な低音にさえ掻き消されてしまった事で、俺の声は消え入りそうなほど小さかったのだと気付く。
「おら、歩けェ」
「わッ!」
息付く暇も無い。肩を抱かれて歩く事は、肩を貸されて歩く事とは本来の行動原理からして違うのだから、とうぜん脚が縺れた。言うが早いか俺を引き摺るようにして歩き始めた彼の筒袖羽織へ縋ってしまうのは不可抗力に違いない。
「ちょっと、待って、離してください……ッ」
「やなこったァ」
「歩きッ……、づらいッ……」
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