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【HQ】片翼白鷺物語(カタヨクシラサギモノガタリ)

第4章 一富士二羽ノ【正月番外編】


「朔弥、食いながら話さない。隼人も口の周りが大惨事だぞ」
「不可抗力だっ」
 ボディバッグに携帯用のウエットティッシュが常備されている全国でも数少ない男子高生・大平が呆れ顔を作りつつ、慣れた手つきでそれを一枚引き抜く。手渡されたそれでぐしぐしと口の周りを拭う山形を見ていた牛島が、一枚くれ、と大平に手を出し催促した。
「朔弥。おまえも、タレが付いている」
「うぷっ」
「お母さんかよ」
「どっちかってと、親鳥かよー、てね」
瀬見と天童が、甲斐甲斐しい牛島の献身っぷりに茶々を入れる。他の誰に対しても割合無関心そうなのに、朔弥のことになるとどうしても過剰に手助けをしてしまう牛島である。彼らにとって見慣れた光景ではあったが、今回のそれはいささか度が過ぎているように思う。言外にそこを指摘され、む、と牛島は口をへの字に曲げた。
「両手が塞がっていた」
「ふう……うん、ありがと若利。もう大じょ、ぅぶぶっ!」
「まだだ」
 加減の仕方を知らない手で拭かれて、朔弥の唇は真っ赤だ。もうそのくらいで充分だろう、と大平がストップをかけ、ようやく朔弥は解放された。アルコールを染み込ませていたせいもあってか、拭い清められたそこがヒリヒリと痛みを訴える。
 そんなに汚してた? と恨みがましく牛島を見上げて水風船で口元を冷やす。たぷん、と中の水が揺れる感覚が面白いことに気付き、細い顎にぽよんと水風船を押し付けて遊ぶ朔弥の奇行を眺めていた山形が、途切れた会話のことを思い出した。
「で、なにをそんなに慌てて帰る必要があるんだ?」
「ああ、準備しなきゃだしね」
「帰る準備か? 寮が開くのは明日の朝だろ?」
 そう言いながら、食べ終えた諸々のゴミを近場の屑入れに捨てた瀬見が戻ってきた。すかさず大平がウエットティッシュを渡す。サンキュ、と手早く口と指先を拭きながら、お袋的ポジションは獅音の方だったか、と先程の発言を心の中で訂正した。
「んーん、晩飯の準備。今晩、若利のご家族が旅行から帰って来るからさ。俺、雑煮作ることになってるの」
 今朝、多めに作ったつもりの雑煮は、旨いと絶賛する牛島の胃の中に綺麗に収まってしまった。豪勢なおせち料理も突きながら、だ。育ち盛り食べ盛りの男子高生の胃袋はブラックホールだ、帰りに不足した材料を買い足さないといけない。
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