【HQ】片翼白鷺物語(カタヨクシラサギモノガタリ)
第4章 一富士二羽ノ【正月番外編】
「もしもーし、牛島でーす」
「ふぁっ!? 朔弥君ってばいつの間に籍入れたの!」
「入れてないって! 若利は今手が離せないから代わりに出ただけ。どした?」
受話器の向こうから微かに華やかな女性歌手の歌声が聞こえる。歌合戦、もう始まってたかあ、と朔弥はもぞもぞとリモコンへ手を伸ばした。
洗い物を終えた牛島が茶の入った湯呑みを朔弥の前に置いた。ありがと、と湯呑みに手を伸ばして、触れた指先が一瞬感じたその熱さに、若利ってば手の皮厚過ぎ、とギョッとしつつ朔弥は慎重に湯呑みの底を手前に滑らせて顔を近づける。フーッフーッと先ほど食べ終えた蕎麦よりも念入りに吹き冷ます朔弥に、先ほどの電話は何の用だったんだ、と天童からの電話の内容を牛島が聞く。
「そうそう、覚がね、明日もまたみんなで初詣行こって」
「今年行ったあの神社か」
「うん、あ……行く、よね?」
二つ返事で二人とも行くって答えちゃったけど、と朔弥は牛島の顔を窺い見る。そもそもこちらから誘う気でいたのだ、朔弥にとっては先を越された形のお誘いだったのだが、そういえば牛島の予定も意見も聞かなかった、と今になって急に不安になる。
おろ、と気弱に揺れた瞳に、ふ、と軽く息を吐いて表情を緩めた牛島が、異論はない、と短く答え熱い茶を啜った。
丸一日体を動かしていないと、どうにも鈍ってしまう気がする。そう言った牛島に首を激しく縦に振った朔弥は、特に興味もないテレビ番組をザッピングしていたリモコンを放り出した。もうじき年が変わる。ちょっとだけなら支障はないから、と両手を頭の上に上げてトスのモーションを見せた。軽く腹ごなしのラリーをする程度ならばこの庭は十分すぎるほど広い。障子を開けて室内の光を外に漏らせばそこそこ明るい。ボールを見失うことはないだろう。
始めは寒さに酷くかじかんだ指先も、回数を重ねるごとに次第に血が巡りほぐれていく。ポーンと高く上がったボールを見てキラリと鋭く光った牛島の目に、ここでアタックなんか打ったらボールの回収できないからね、と朔弥は冷静に釘をさす。仏頂面に拍車のかかった牛島がラリーを止めた。
おまえの上げたボールを打ちたい、そう言いたかった。しかしそれを言ってはいけないと己を律する。
遠くで荘厳な鐘の音が響いた。