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【HQ】片翼白鷺物語(カタヨクシラサギモノガタリ)

第4章 一富士二羽ノ【正月番外編】


 時刻は午後六時を少し回ったところ。普段ならばまだまだ練習に精を出している時間だ。暮れゆく空、しんしんとした冷気が室内をじわじわと侵食してゆく。
 蕎麦を居間に運び、炬燵の上に並べる。牛島が箪笥から引っ張り出してきた綿入り半纏を揃って羽織り、もうもうと湯気の立つ器を前に二人はキラキラと目を輝かせた。
「はあ、やっぱ炬燵っていいよね。あ、七味ちょうだい」
「ん。旨そうだな」
「ありがと。ニシンがいい仕事してくれるんだよね、甘しょっぱくて俺は好き」
「ニシン蕎麦は初めて食べる」
 そうなんだ、口に合うといいけど、と朔弥は少し心配そうな様子で器の中を覗き込む。
 では、と二人並んで手を合わせると、いただきます、の合図とともに二人は一斉に箸に手を取った。
「熱っ、でも、自分で言うのもあれだけど、んまーい!」
「ああ、旨い」
「良かったー、若利の口に合って」
 ふうふうと湯気を吹き飛ばして一心不乱に蕎麦を啜り続け、ぺろりと食べ終わると、へへ、と朔弥が笑う。
「なんだ?」
「いや、ほんとさ、ありがとね」
「? 作ったのはおまえだ。礼を言うのは俺の方だが」
 うん、そうじゃなくて、と箸を置いた朔弥は、炬燵の中に伸ばしていた足を抜いて正座をし、改まった様子で牛島に向き合う。
「この度はお招きいただきありがとうございました」
 深々と下げられた頭を前にぱちぱちと目を瞬き、そして牛島も威儀を正して朔弥に倣う。
「こちらこそ、ありがとう」
 我が儘に付き合わせて申し訳ない、と続いた言葉にむくりと顔を上げる。真摯な視線が交差する。ふ、と互いに表情を緩めると、いたずらっぽく白い歯を見せて笑った。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさま。片付けは俺がやろう」
「マジで? 助かるー……炬燵の呪縛が解けないから超助かるー」
 すっかりリラックスした様子で朔弥は炬燵布団に頬を寄せる。背後からシンクを叩く水の音が聞こえてきたところで、卓上のスマートフォンが震えた。
「若利ー! ケータイ鳴ってるー!」
「誰からだ?」
「えっと、あ。覚からー!」
 なら出てくれ、と手を泡だらけにした牛島の声に、はいよ、と朔弥は通話ボタンをタップした。
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