第28章 沖縄旅行は海の香り
私はそう思いながら非常階段へと足を踏み入れた。
「ぶはぁ! 全員無事にロビーを突破!!」
最後の茅野ちゃんが小声で息を吐く。
「……すげーや、ビッチ先生」
あの爪でよくやるぜ、という菅谷くんの言葉に続き、
「ああ、ピアノ弾けるなんて一言も」
と磯貝くんが言った。
「普段の彼女から甘く見ない事だ」
烏間先生が階段の上から少しだけ見下ろしてそう言った。確かに普段のイリーナ先生は慌てたり怒ったり子どもっぽい。
「優れた殺し屋ほど万に通じる。彼女クラスになれば…潜入暗殺に役立つ技能なら何でも身につけている。君等にコミュニケーションを教えているのは、世界でも一・二を争うハニートラップの達人なのだ」
役立つ技能ってどこまで覚えたんだろう。ピアノが出来るってことは話題になりそうな楽器はだいたい出来るんだろうな。バイオリン、ラッパetc。料理やバレエ、とにかく何でも。……イリーナ先生は努力家だ。
「ヌルフフフ、私が動けなくても全く心配ないですねぇ」
殺せんせーが透明な球体の中で笑った。何かさっきより透明な部分が大きくなってるような、なってないような。
とにかくそんな殺せんせーの言葉を聞いて私達は笑顔で階段を駆け上がり出した。
……私は寺坂の方を気にする。
「……? 何だよ東尾、ジロジロ見てんじゃねぇ」
「ん、ああごめん」
寺坂は確かこの時もう、ウイルスにかかってるはずなんだ。後で起こる渚君の言動を思い出す。……辛くないのかな。すぐにぶっ倒れちゃうウイルスなのに。私はポーチの中を探る。…後で役立つといいな。でも、今寺坂に言うと後の渚君の言動の意味がなくなってしまう。だから、今は言わないよ。
「……寺坂、頑張れ」
寺坂本人に聞こえないように、私は小声で呟いた。