第16章 初めの1歩
あの時、先輩が辞めてしまった理由は今でも分からないけど、ホントに突然で、部は騒然としていた。
『その時に、顧問の先生がどこから情報を仕入れて来たのか、私が小学校時代に少しだけセッター習っていた事を理由に、城戸は今日からセッターをやれ、と』
驚くカミングアウトに、また静まってしまう。
グラスの中の氷が、水音をたてながら浮かんでは沈んでいくのを見つめながら、私は息を吐いた。
『澤村先輩も日向君を見て急にレシーブが上手くなる訳がない、そう思いませんでしたか?』
澤「まぁ、努力次第って部分はあるだろうけど、確かにそう言える所はあるな」
私は澤村先輩の言葉にゆっくり頷き、次に菅原先輩を見た。
『菅原先輩はセッターですよね?それなら分かると思います。突然セッターをやれって言われて、出来ますか?』
菅「そ、それはさすがにムリだよなぁ・・・真似事くらいなら出来るかも知れないけど、試合で自由に動けるようになるのは時間が必要だよ・・・」
菅原先輩も難しいよな、と更に呟いて私を見る。
『ですよね?私もそうでした。でも、ちょうどその頃、その・・・ちょっと恥ずかしいんですけど、私は付き合っている人が・・・いて。憧れの人だったんです。同じバレーをやっていて自由に空を飛べる人でした。ポジション変更されて自信をなくしかけた時、その人に言われたんです』
心臓が、大きな音をさせながら急速に動き始めて苦しくなってくる。
それを悟られないように、膝の上でギュッと手を握りしめた。
『チャレンジする前から、諦めんじゃねぇ。トコトン練習して、それでもダメだと評価されたら、その時どうするか考えろって。半端な気持ちでやるな、やるなら出来るまでやれ!そう、喝を入れられました』
菅「その人が、セッターとしての仕事を紡ちゃんに?」
『いえ、練習のお手伝いは率先してやってくれましたけど、セッターの仕事何たるかというのは、その人といつも一緒にいた人からです』
菅「そうなんだ?・・・そう言えば縁下が、紡ちゃんのトスフォーム見て影山に似てるとか言ってたけど」
『教わったのは影山じゃないです。その頃はホントに影山は王様で、誰かに何かを指導するとか、そういうのは皆無でしたよ』
私が言うと、影山は急に咳き込み、グラスを掴んでグイッと中のものを飲み干した。