第32章 不協和音
レジまでの通路を歩きながら、右に左に棚を眺めて歩く。
ちょっと来ない間に、いろんな商品が増えたなぁ···なんて思いながら、ふと···見覚えのあるマグカップに目が止まった。
あのカップは、私が病院にいる時に岩泉先輩から貰った物と同じだ···
カラーは2種類あるのに、ピンクを選んでいる姿を想像して···きっと恥ずかしそうにしながら選んでくれたのかな?と顔が緩む。
「あのカップ、人気商品なんですよ?宜しかったらご覧になりますか?」
棚の上の方にあるカップを眺めていたせいか、ショップスタッフの人が声をかけて来た。
『あ、いえ···大丈夫です』
同じ物を持っているとは言いがたく、それとなく断りを入れるとスタッフの人はそうですか···と残念そうに笑った。
「あのカップ、入荷したその日にお買い上げ頂いた方がいて。ほら、こうするとハートが繋がって2つでひとつなる絵柄になってるんですって紹介したら、セットで買われた方がいたんですよ」
矢「へぇ···そう考えると楽しいかもね。離れていても、お揃いって感じで」
スタッフさんの説明に矢巾さんがそう返すと、そう言えば···とスタッフさんが矢巾さんをマジマジと見た。
「確かあの日に購入頂いた方は、お客様と同じ学校の制服だったと思います。青葉城西高校ですよね、その制服」
青城の制服···?
矢「はい、そうですけど···」
「やっぱり!ちょっと強面な感じの方だったんで印象的だったんですよ」
青城の制服を着ていて、ちょっと···強面?
頭に浮かぶ人は、私には···ただ1人だけしかいない。
でも、まさか岩泉先輩がわざわざ私とペアのマグカップを選んで使うなんて事は信じ難い。
きっと、人違い···だな。
だけど、お揃いのマグカップを2人で使うなんて、少しだけ羨ましい感じもして···
きっとそれをプレゼントされた女の子は、大切に想われているんだろうな···なんて思ってしまう。
『素敵ですね、そういうのって。私にはしばらく、そういう素敵な事は訪れない気がして羨ましいです』
矢「オレにもそういう人、現れたらいいんだけどな」
『ですね、矢巾さん?』
何かを含めるような言い回しを回避しながら笑えば、矢巾さんはちょっとだけ肩を竦めて笑い返した。