第32章 不協和音
あの頃はまだ、3人が一緒にいるのが当たり前のようで、青城の部活が早く終わる時に待ち合わせをして一緒に帰ったりしてて。
そんな時、及川先輩がお腹空いたー!って言って。
牛丼屋さんに3人で入った。
私はほとんどそういうお店に行ったことなかったから、何をどう注文したらいいのかわからなくてメニューと睨めっこで。
結局、2人と同じものを頼んだら食べきれなくて岩泉先輩に笑いながら怒られた。
だって···特盛って、どれくらいなのか知らなかったし。
懐かしいなぁ···あの頃。
矢「あの···さ、大丈夫?」
『あ、はい!大丈夫です、ちゃんと』
矢「目を閉じたまま動かないから、ちょっと焦った」
『すみません、ちょっと考え事しちゃって···』
どんなに回想しても、あの日々は戻っては来ない。
けど、思い出としてなら何度でも鮮明に浮かばせられる事はできる。
これまで思い出すのも辛いと思っていた事が、今は懐かしむ事が出来るのは···きっとみんながいたくれたから、だよね···
矢「おっ、このパスタ超うめぇー!ね、ひと口食べてみない?」
『えっ?!い、いえ、ご遠慮します』
矢「いいじゃんいいじゃん?はい、ほら?」
目の前に出されるパスタを絡めたフォークに身を引くと、自分は気にしないから早くと矢巾さんがフォークを揺らす。
私が気にするよ!!
今日初めて会ったような人と、だよ?!
菅原先輩なら、しょっちゅう似たような事があるけど···矢巾さんだよ?!
矢「ほらほら、ひと口食べてみなって」
躊躇っていると矢巾さんは、まるで及川先輩のようにグイグイとしてくる。
これ···諦めるべき?
学校は違うけど、一応は矢巾さん···先輩、だし?
ま···仕方ない、か?
フッと息をつき、目の前のフォークからパクリと食べる。
口の中に広がっていく風味は、ほんのりとした酸味と同時に柔らかな梅の香りが鼻を抜けて行く。
『···美味しい』
矢「だろ!サッパリ系で上手いよな!なんかこう、萎んだ心にピッタリ!みたいなさ?」
『矢巾さんの心、萎んでるんですか?』
若干、意味不明な解釈に笑いながら言えば。
矢「オレ?オレはいつも女の子には全力全開でパンパンに心膨らませてるけど、破裂したり萎んだり忙しいよ」
おどけるように答える矢巾さんを見て、また笑った。