第2章 ある娼婦と海賊のはなし ~ゾロ編~
この5年間、ずっと思っていたことがある。
もし、炭鉱事故が起こっていなかったら───
父は自らの命を絶たずにすんだ。
母は爆発に巻き込まれて死なずにすんだ。
弟は不治の病にかからずにすんだ。
この島にいたクレイオの親戚は皆、事故が起こったすぐ後に別の島へ移住してしまった。
唯一残ってくれた祖母も、3年前に死んだ。
弟まで失ったら、自分はこの島で本当に独りぼっちになってしまう。
だが、日に日にやつれていく弟をどうしてやることもできなかった。
これ以上の薬を用意してやることも、栄養のある食事を与えることもできなかった。
そんな日々の中。
出会った海賊はこう言った。
「おれが知っている中で一番の名医に会わせてやる」
朝日の下で身支度を整えるクレイオに向かって、二ヤリと口の端を上げる。
「おれ達の船医だ。どんなケガも、病気も治してくれる」
仲間への絶対的な信頼を感じさせる言葉。
ゾロにここまで言わせるとは、いったいどのような人物なのか。
「本当に・・・?」
「ああ。医者がたくさんいる島出身の奴だ。信じろ」
「・・・ありがとう!」
昨晩はあれだけ涙を流していたクレイオの顔には、笑みが浮かんでいた。
たった一晩、誰かの優しさに触れたところで、5年間蓄積された痛みが消えるはずもない。
しかし、ゾロの申し出は、そんな彼女に一筋の希望を感じさせるには十分だった。