第2章 ある娼婦と海賊のはなし ~ゾロ編~
飛び散る血がクレイオの頬に付く。
目の前で起こった、島の尊敬を集めていた男の自殺に、誰もが言葉を失った。
“一番つらい仕事をお前にやってもらいたい”
銃声の後の沈黙。
“私が命を絶ったら、お前が合図を出してくれ”
人々の意識がトンネルから逸れている今────
『注水を!! 始めてください!!!!』
“誰も、何も言えないでいる隙に、坑内にいる300人の命と引き換えに、この島を守ってくれ”
13歳になったその日。
クレイオは300人の命を奪う合図を出した。
それはこの島の歴史上、もっとも多くの命が失われた瞬間だった。
シンと静まり返る、売春宿の一室。
過去を語る娼婦の瞳から涙が尽きることはない。
「・・・私は島の人から恨まれて当然・・・償いようがないもの」
まるで氷の中にいるかのように全身を震わせながら、ひたすら自分を責めている。
すると、それまで床で胡坐をかき、黙ってクレイオの話に耳を傾けていたゾロが立ち上がった。
「お前、身体冷えてんじゃねェか・・・裸でいるからだ、アホ」
ギシリと音をたてるベッド。
震える身体を温めるように抱きしめながら、ゾロはクレイオをそっと寝かせ、毛布をかけてやる。
こうして抱きしめているだけで、この柔らかい皮膚にはいくつもの傷痕が折り重なっているのを手のひらに感じた。
見れば、クレイオの目からはさらに多くの涙が零れ落ちている。
「・・・なんで余計に泣いてんだよ」
「だって・・・こうして誰かに優しくされることなんて、もう二度とないと思っていたから・・・!!」
「別におれは優しくしているつもりは・・・」
いや、違う。
今、自分はどうすればクレイオの涙を止めることができるかを考えている。
どうすれば彼女の傷がこれ以上増えないようにできるかを考えている。
これはきっと・・・“優しく”したいと思っている、ということなのかもしれない。