第2章 ある娼婦と海賊のはなし ~ゾロ編~
「これでも昔はね・・・父が会社を経営していたから、何一つ不自由のない生活を送っていたのよ」
娼婦なんて職業、この世に存在することすら知らなかった。
そう言って自嘲気味に笑いながら、表情には暗い影を落とす。
「5年前までは・・・」
消したくても消せない過去。
あの日、クレイオにとっての幸せの全てが消えた。
“クレイオはこの島の歴史上、もっとも多くの人間を殺した女───”
5年前。
クレイオは300人を超える尊い命を奪った。
「昨日、ゾロと偶然会ったあの炭鉱・・・あそこは私の父が経営していた場所なの」
かつて、この島の貿易の中心は、質の良い石炭だった。
それにともない、製鉄産業、石炭化学工業、蒸気機関車などが発達し、炭鉱のある街は大きく栄えた。
その中心に立ち、数百人もの炭鉱夫を統べる父を、島の誰もが尊敬していた。
そして、クレイオにとって炭鉱は、遊び場であり、後継ぎとして勉強の場でもあった。
「あれは13歳の誕生日の3日前・・・」
その日、クレイオと母、そして当時3歳だった弟は、父に弁当を届けるため炭鉱を訪れた。
「雲一つない、とても綺麗な日だった」
炭鉱のトンネル入り口、すぐそばに建てられた3階建てのビル。
父のオフィスはそこにあった。
『クレイオ、お父さんにお弁当を持って行ってあげて』
石炭を運ぶトロッコが大好きだった弟。
母はそんな弟を喜ばせるため、父のもとにはクレイオ一人を行かせ、自分は息子と一緒にトンネルへ入っていった。
そして、クレイオが父に弁当を渡した、その時。
ドォン!!!
大きな爆発音とともに、山が大きく震えた。