第2章 最初のいっぽ
『――――――ッ!』
現実へ引き戻された名前は、荒い呼吸を整えるのもままならなかった。
畳の上でそのまま寝てしまったと気付くのに暫く時間を要した。
時計を見ると土方が出て行ってから1時半になるところだった。
重たい体を起こして縁側まで歩き、梁に右肩を預けて座った。
夜風が名前の薄墨色の髪をさらう。
月上がりが漆黒の瞳に紫の影を落とす。
ぼーっと夜空を見上げていると聞き覚えのある足音が近づいて来るのが分かった。
「済まない、待たせたな」
隊服から和服に着替え煙草を加えた土方が名前の隣に腰を下ろした。
『ううん。何か進展はあった?』
土「あぁ。詳しくは明日話すが、お前は観察として山崎の手伝いをして貰うことになった」
『監察…ってゆーとスパイとか張り込みとかするヤツ?』
土「まぁ色々あるが、名前の聴力は張り込みなんかで十分に貢献できるだろう」
確かに…と胸の内で納得する。
土「大丈夫だ。危ねないことはさせねェ」
『その気遣いだけで十分です』
やんわりと微笑む名前に思わず息を飲む。
土「お前…」
『なに?』
土「いや。名前は月明かりで目の色が変わるんだな」
『あ、気付いちゃった?』
と今度は悪戯っぽく笑ってみせた。
『これも薬のせいなのかなぁ。髪もそうだけど、副作用かなんかで色素が抜けてきちゃったみたいなの』
そうか。と土方は煙を吐き出す。
土「ま、あれだ。今までの事を忘れるなんて出来ねぇだろうし、俺たちも忘れろなんて言わねぇ。ただ、忘れてほしくねぇことはある」
『なぁに?』
月が雲に隠れて土方の顔を隠す。
土「これからは一人じゃねぇ。俺たち真選組がいる。不服だが万事屋の奴等も力を貸してくれる。だから…」
土方の大きな手が名前の髪を優しく透く。
(あぁ、この人は…)
冷たい風が二人の間を駆け抜ける。
(全部…気づいてる…)
土「諦めんな」
名前を真っ直ぐに見る瞳を、『綺麗だなぁ』なんて思っていたのだった。
『ん。ありがと』
土「じゃぁ部屋に戻るぞ。案内するから」
土方が腰を上げると手を差し出してきた。
名前は一瞬躊躇したが好意に甘え、その手を受け取ってゆっくりと立ち上がった。