第13章 鬼と豆まき《弐》
疲労の見える赤い瞳が向けば、実弥の目は無一郎の無事に喜ぶ柱達を見守ったまま。
「あれだけ暴れりゃ力も尽きんだろォ」
その言葉は確かに蛍へと向けられていた。
怒鳴るか脅すかばかりだった声が、労っているようにも聞こえる。
凡そ今までの実弥らしかぬ言動に、蛍は目を丸くした。
それでも転倒を助けてもらったことは事実。
「ぁ、ありが…近い」
「あ?」
辿々しくも礼を告げようとした声は、しかし儚く消える。
「すごく、近い。離れて、下さい」
「ァあ? 人様が手ェ貸してやってんのになんだテメェ殴られてェのか」
「すぐ殴る言う…いやだって血が」
口を片手で押さえてそっぽを向く蛍の空いた手が、弱々しくも実弥を押し返す。
「その血、凄く酔うから…キモチワルイ…」
「あ? 気持ち悪いってなんだコラ」
一度その血を飲んだお陰か、飢餓症状は落ち着いていた。
しかし実弥の特殊な稀血は、正常時であっても抗えない程の効果を持つ。
ましてや疲労困憊している現状では、またいつその血を求めてしまうかもわからない。
手首から出血している量は少ないが、その匂いが蛍の五感を鈍らせた。
「気持ち悪いってなんだつってんだよコラ」
「そこ怒る基準? 凄まないでよ…不可抗力だから。ほら禰豆子見て」
ずいと顔を寄せて脅してくるかのような実弥の威圧に、それでも屈さず蛍は尚も顔を背けた。
その手が指差す先には、こちらへ来たそうにはしているが、来れないのだろう。
離れていても実弥の稀血の匂いに過敏になっている禰豆子が、義勇の背に隠れるようにしてこちらを伺っていた。
「蛍!!」
そこへ駆け付けてきた夕闇にも映える金と朱の髪に、二人の目が止まる。
小さく舌を打つと、実弥は掴んでいた肩を目の前に押し出した。
「オラよォ」
「わ…!」
どんと押されてよろけた体を、広げた腕が抱きとめる。
稀血に支配されていた蛍の嗅覚をふわりと覆う、木漏れ日のような温かい匂い。
(──あ)
今では慣れ親しんだ、太陽のような彼の匂いだ。