第13章 鬼と豆まき《弐》
沈静は唐突だった。
飛び込むことに躊躇する程の荒波を起こしていた影の沼が、不意に静まる。
やがては沼のように見えていた影が縮小していくと、それは人一人分程の大きさへと変わった。
次に何が起こるのか。
息を呑み柱達が見守る中で、とぷりと黒い水面が揺れた。
這い出すというよりも浮き上がるように。
影の中からゆっくりと現れたのは、異能の主である彩千代蛍。
「ム…!」
「待て」
咄嗟に駆け出そうとした禰豆子の前に踏み出したのは、両手を合わせた悲鳴嶼行冥。
「お前は、我らの知る鬼子か?」
そうでなければ滅する対象だと間接的に伝えれば、月の上る夕闇に光る、赤い瞳が開く。
「私の名前は…彩千代、蛍」
牙を剥くことも呻り上げることもない。
静かに自身の名を告げた蛍の背後の影から、もう二つの人影が現れた。
「! 無事だったか…」
「でも無一郎くんが…っ」
無一郎を片手で担いだ実弥の姿に、柱勢から安堵と不安の二つが浮く。
「不死川さん! 彼を診せて下さいっ」
真っ先に駆け寄るしのぶに、実弥の手から彼女へと無一郎の体が手渡される。
即座に脈の確認をしながら、しのぶの目が全身をくまなく視診した。
「しっしのぶちゃんっ無一郎くんは無事かしら…!?」
「ええ…気を失ってはいますが、呼吸は安定している。特に外傷も見当たらないし、顔色も悪くない。一先ず無事かと」
「そう! よかった…っ」
ようやく笑顔を見せる蜜璃につられるように、その場の空気も安堵の色へと濃く変わる。
眠るように静かに呼吸を繰り返す無一郎を皆が覗き込む中、それを離れた場所で見守っていた蛍もまた一人、小さな安堵の息を吐いた。
背後で小さな円状と化していた影鬼が、蛍の足元の影へと吸い込まれるように消える。
異能が全て自身の体へと戻ると同時に、その反動がきた。
「っ」
体に急激な負荷がかかったかのように、ずんと重くなる。
力の入らない脚はがくがくと震え傾いた。
しかし力尽きた体は地面へと倒れなかった。
とすりと軽い音を立てて肩が触れたのは、大きな掌。
「…不死、川?」
傾く蛍の体を支えていたのは、実弥の手だ。