第13章 鬼と豆まき《弐》
伏せていた瞳が開く。
今度こそその赤い瞳は、現実にいる実弥を映し出した。
蛍の体を覆い尽くそうとしていた無数の手が動きを止める。
その体から離れ、蛍の足元で固まると僕(しもべ)のように足場を作り上げた。
縋るように裾を握っていた蛍の手が、実弥の手を取る。
「時透くんを、放さないで」
周りをうねる影は不気味な光景だったが、もう暴れることも襲い来ることもなかった。
ゆっくりと浮上していく蛍の体に引かれて、無一郎を担いだ実弥の体も浮き上がっていく。
水面のような真上から差し込む、微弱な光。
「…柚霧」
その名を呼べば、上を見上げていた蛍の顔が向く。
逆光となるが、それでも表情はどうにか見て取れた。
もうその名を否定はしない。
「なんでお前…そこまで玄弥を、」
蛍が正気を取り戻したのは自分自身の為ではない。
この場にはいない一人の青年の為だ。
「不死川と同じだよ」
水面へと近付く。
逆光が強くなる中、比例して暗くなる蛍の顔は確かに、
「私は玄弥くんのことを全ては知らないけど…彼には、笑っていて欲しい」
微笑んだ。
「幸せになって欲しいって、思うから」
水面に蛍の頭部が触れる。
とぷりと、黒い水面が揺れた。