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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第13章 鬼と豆まき《弐》



 息苦しい。
 生き苦しい。
 生きることが苦しいと、死ぬ間際に嘆いた姉の気持ちが今ならわかる。

 それでも姉さえいればよかった。
 彼女さえ生きていれば、それが生きる希望となった。

 しかし姉はそうではなかったのだ。
 蛍を一人残して死んだ、彼女は。


(そうだ。姉さんは、私を必要とはしていなかった)


 大好きな、大切な、たった一人の家族を慕う心は、蛍にしかなかったのだと。
 そう悟った時、ぽっかりと大きな穴が胸の内に空いた。

 悪寒。

 思わず蛍の胸倉から手を離した実弥の目が、その顔から表情が消えるのを捉えた。
 周りを荒れ狂っていた影は、もう暴れはしなかった。

 しかし人の手のような形を成すと、無数のそれが触手のように蛍の足元へと絡み付く。
 まるで底無し沼に引き込むかのように、ぞわぞわと蛍の下半身を覆い引き摺り込む。


「ッ洒落臭ェもん造りやがって…!」


 その体を引き止めたのは、咄嗟に蛍の腕を掴んだ実弥の手。
 周りは足場などない無の空間だ。
 それでも抗うように力を込めれば、闇の中へと引き込まれようとしていた蛍の体が止まる。


「呑まれんじゃねェよ…ッこれはお前の力だろうがァ!」


 鬼殺隊の呼吸法と、鬼の血鬼術はまるで次元が違う。
 体の仕組みを理解して発動している呼吸法とは違い、血鬼術は鬼の心の核そのものだ。
 しかし精神一つ感情一つで、ここまで異型に変化させる鬼を実弥は見たことがなかった。


「…さっき」

「あ!?」

「言ったよね…玄弥くんのこと…自分より、知らない癖にって」


 見上げる蛍の顔は無。
 けれどもその声は、細々とも意思を伝えてくる。


「私…わかる、よ。不死川が知らない、玄弥くんのこと」

「はァ!? いきなり何言って…!」

「たった一人の家族に、見捨てられること」

「ッ」

「異物として、周りから見られること」


 人でありながら鬼を喰う。
 そんな道しか選べなかった玄弥を追い詰めたのは、決して赤の他人の目だけではなかった。
 幸せになるべきだと告げた、目の前の血の繋がった兄の存在も、また。

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