第13章 鬼と豆まき《弐》
「だからあいつに悪意を及ぼす奴は誰だって許さねェ。お前もだ。本来あいつは、鬼とは無関係に生きていかなきゃならない人間なんだよ」
蛍の胸倉を掴んでいた実弥の手に、力が入る。
「あいつは幸せにならなきゃならない人間だ。こんな血生臭い世界じゃなく、平和な世で生きるべき人間なんだ」
「……」
「お前だってそうだろ。死にかけても呼び続けた姉貴は、命と同じくらい大切な存在だったんじゃねェのか。その家族をなかったことにすんじゃねェ」
柚霧を否定するということは、そういうことだと。諭す実弥の言葉は理解できた。
それでも蛍の顔は大きく歪む。
「…でも…私は、姉さんを、殺す手助けを、して…た…」
影鬼の沼に落ちるまで忘れていた。
あの日、人間としての命が潰れた日。
その間際に、月房屋の男達が口にした無情な現実を。
『菓子に、甘味に、薬の類。お前の帰省の土産の中で菊葉の口に入るものには、少しずつ毒を盛ってやってたんだよ』
『それがあいつを死に追いやってることに気付きもしないなんて』
「治すつもりで…ずっと、毒を与えて…ッ」
わなわなと震える蛍の声には、先程までの歪な響きはない。
揺さぶる声には絶望だけ。
「なに勘違いしてんだ、お前はそれを知らなかっただろうがッ」
その言葉を皆まで言わせる前に、実弥は強い声で遮った。
「腐った奴らに利用された結果を自分の所為にすんじゃねェ!」
「利用されるだけの、弱い人間だった…そんな自分が、許せない…ッ」
被害者だから罪は無いなどとは言えない。
その所為で姉が命を落としたことは事実なのだ。
だから鬼となって姉を喰らった事実も、蛍の生きる道を敷くと同時に、海底に沈むかのような息苦しさを残した。
姉は自ら蛍へと身体を差し出したが、その血肉を喰らう決断をしたのは蛍自身。
手を下したのは、己自身なのだ。