第13章 鬼と豆まき《弐》
「おい」
「ッ…」
「おい鬼」
「…ぅ…」
「柚霧」
赤い眼がゆらりと仰ぐ。
確かに柚霧の名に反応を示した。
「…ガ…ゥ…」
「ァあ?」
「ちガ…ゥ…」
「何が」
「それ、ハ……名前じゃ、ナい…」
「違う訳ねェだろ。柚霧もお前の一部だ」
カチカチと震える牙は未だに止まらない。
その震えを抑え、抗おうとする蛍は弱々しくも訴えた。
それでも哀れな鬼の訴えに、実弥は顔色一つ変えない。
「認めたくねェだけだろ。自分が娼婦をしてたことを」
ぴたりと蛍の口が止まる。
「そこで男達に利用するだけされて殺されたことも」
真一文字に結んだ唇が、微かに震えた。
「名前を消したらなかったことになるのかよ。お前が柚霧を消すなら、その人生に関わった奴らも消えちまう。お前の家族もなかったことにすんのかよ」
「ッ…何、モ…知らない癖、に」
震えた声が噛み付いた。
血に濡れた瞳が、睨むように実弥を射抜く。
柚霧にとっても、蛍にとっても、唯一の家族である姉は鬼門なのだろう。
例えそれが怒りであっても、ようやく実弥を視てその存在を意識した蛍に、実弥は押し付けていた額を離した。
「はッ、何も知らない癖にだァ? そいつは俺の台詞だ。お前は玄弥の何を知ってる。俺よりあいつを知らねェだろうがァ」
「…!」
赤い目が見開いた。
蛍の知っている実弥は、一度として玄弥を弟とは認めなかった。
その名を呼ぶことさえしなかったはずなのに、確かに今、彼は呼んだのだ。
お前があいつの何を知っている、と。
「それでも玄弥を庇って俺に楯突いたのはなんでだァ。お前が玄弥に歩み寄ろうとした結果だろうが」
「…や、ぱり…玄弥くん、の」
「…そうだ」
告げる声に躊躇はなかった。
「あいつは、俺の弟だ」