第13章 鬼と豆まき《弐》
ぼこりぼこりと波がうねる。
足を止めた杏寿郎達の水面下。
影鬼の中では、大蛇のような影が荒れ狂っていた。
「ぅ…ウ、ア」
とぐろを巻き荒ぶる影の中心で、頭を抱えているのは一人の女。
みしみしと軋む犬歯は剥き出す程に巨大化し、真っ赤に染まった両眼が限界まで見開く。
顔半分を覆う程の火傷の痕は、綺麗になくなっていた。
しかしびきびきと皮膚の上を走る血管が、痛々しく浮き上がっている。
「おい…! 異能を抑えろつっただろーがァ! なに暴走させてんだ!」
無一郎を庇うように片手で担いだまま、女の腕を掴む男が一人。
罵声を飛ばしているが、おうおうと風の咆哮のような音を轟かせている荒れる影の所為で掻き消されてしまう。
「グル…」
剥き出した牙の間から唾液が落ちる。
ぐるぐると腹の底から呻るような声は、最早人の言葉ではない。
明らかに理性を失っている。
実弥は、やはりと目の前の蛍の姿を受け入れた。
稀血を口にした鬼は皆、本能のままの鬼となる。
わかりきっていたことだ。
だから面倒を見ると言ったのだ。
「ぐ、ゥ、あぁァア!」
牙を剥いた蛍が実弥へと喰らいかかる。
その牙を顔の前で真横に構えた竹刀で受け止めると、思いの外かかる圧に顔を顰めた。
相手は稀血を飲んで凶暴化した鬼だ。
無一郎を抱えているが為に、片手でその鬼の力を全て受けなければならない。
竹でできた刀身は、いとも簡単にばきばきと牙に折られていく。
「チィ…! 面倒を見るとは言ったが甘やかす気はねぇからなァ!」
義勇達がどう対処していたかは知らないが、自分は違う。
本能に呑まれてしまった哀れな鬼に、同情をかける気など毛頭ない。
「さっさと、起きて、」
ばきりと竹刀が真っ二つに噛み千切られる。
「支配しやがれェッ!!」
目の前の視界を遮っていた、竹刀が折れて消えた。
と同時に、よく見える目の前の鬼に向かって実弥は頭突きを喰らわせた。
鉄がぶつかり合うような衝撃に、蛍の視界が弾け飛ぶ。
「ぐ…ゥ…ッ」
「今度は気絶すんじゃねェぞ」
ふらつく蛍の胸倉を今一度鷲掴む。
ごつりと額同士を合わせると、揺らぐ血のような目を至近距離で睨み付けた。