• テキストサイズ

いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第13章 鬼と豆まき《弐》



 両手で覆った顔は見えない。
 その片腕には頑丈な腕輪が嵌めてあり、長い管が闇の奥に繋がっている。


(そこかァ…!)


 まず間違いなく、その先に実弥が助けに来た人物がいる。
 咄嗟に管を掴み強く引き寄せれば、人影が闇の中から現れた。
 意識を失っているのか目を瞑り動かないが、確かに柱である無一郎だ。
 しっかりと腕を掴めば実感はある。
 残像などではない現実の人間だ。

 だとすると目の前の蛍も現実なのか。

 小柄な体を脇に抱えて見れば、怪我らしい怪我は負っていない。
 正常な呼吸を繰り返す無一郎の姿に、ようやく実弥も安堵した。


「…ぅ…」


 聞き覚えのある声だった。
 今にも命の灯を消そうとしていた金魚のような女の、小さな悲鳴。
 それと同じものを零す目の前の鬼──蛍の顔は、両手で覆われていて見えない。
 ただ僅かに見える顎や耳には赤黒い焼け爛れた痕があり、陽光の影響を受けたのは明白だった。
 今の蛍もまた、虫の息となっているのだろうか。


「おい」


 先程とは打って代わり、声を静めて呼びかける。
 今度は風鈴のように無反応ではない。


「……で…」

「?」

「…来な…で…」

「は?」

「触らな、いで」


 それは弱々しい拒絶だった。


「何言ってやがる」


 管を手繰り寄せようとすれば、頑なに顔を両手で覆ったまま動こうとしない。


「おい」


 呼べば、顔を横に振り被る。やはり拒絶。
 額の血管を浮き立たせ、実弥は蛍を睨み付けた。


「この状況で何言ってんだ、お前も連れていかねェと時透が救えねェんだよッ」


 言葉は理解できているのだろう。時透の名に反応を示した蛍の顔から、ゆっくりと両手が離れる。
 そこには太陽に焼かれ爛れた顔があった。
 直接陽を受けた左半身の顔は爛れた皮膚に覆われ、唯一見える右目だけが虚ろに彷徨う。


「…血…」

「ちィ?」

「血の…匂いが、きつくて…歯止め…が…利かなく、なる…」


 かちかちと剥き出した鋭い牙を、震わすように鳴らす。
 瞳はきりきりと縦に割れ、血よりも赤く染まっている。

 初めて飢餓状態で嗅いだ稀血の匂いは別格だった。
 どうにか距離を保っておかないと、今すぐにでも喰らい付きそうになる。

/ 3625ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp