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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第13章 鬼と豆まき《弐》



 掴み取った風鈴を窓枠から引き離し、建物の崩壊に飲まれないようにと抱え込む。
 小さな金魚が一匹だけ泳ぐ、煤だらけの華奢な風鈴。
 紅い着物を纏った柚霧の姿と重なる。


「ここにいんのかよ…! いい加減目ェ醒ませ!!」


 辺りでは巨大な黒波が荒れ狂う。
 ここは既に記憶の残像などではない。
 稀血に反応して狂う鬼の腹の底のようだ。


「欲しいならさっさと喰らいに来い…!」


 しかしどんなに叫んでも、風鈴は風鈴のままだった。
 崩壊はしないが、反応もしない。
 金魚が一匹、煤汚れて映っているだけだ。

 辺りをうねり上げる黒波だけが、実弥に触れられそうで触れられないかのように影を大きく膨らませていく。


「おい! 聞こえてんだろうがァ! っ…柚霧!!」


 一度閉じたその口で、実弥はかの女を呼んだ。
 黒い鬼面をした、数年前から知っている鬼ではない。
 初めて見た、人間として生きていた女だ。

 長い鰭を揺らし暗い世界に舞う。
 目を惹き付ける程に鮮やかで、水から上がれば命を落としてしまう。
 金魚のような女だった。


「柚霧!!」


 それは自分の名前ではないと女は言った。
 それでも確かにここに在ったのは、柚霧としての記憶だ。
 忍耐強く、未来を信じ、最期まで最愛の姉を思って死んだ女郎のもの。


「お前は認めたくないかもしんねェが、それも含めてお前だろうが! 柚霧も在っての彩千代蛍じゃねェのか!」


 ぴき、と風鈴に亀裂が生じる。


「冨岡がお前に目を留めたのも、お館様がお前を受け入れたのも、お前が特殊な鬼だからじゃねェ…! お前だったからだ!…だからさっさと思い出せッ」


 やがて亀裂が広がり、隙間から微かな光が零れ落ちた。


「今のお前を!」


 ぱきんっと儚い音を立てて、風鈴が粉々に砕け散る。
 すると世界が一変した。

 最初に実弥が潜り込んだ時のような、暗い海底のような闇の中。
 目の前には両手で顔を覆った女が一人、漂っている。
 臙脂色の袴姿は、節分で対峙していた時のもの。

 それは鬼として生きる、蛍の姿だった。

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