第13章 鬼と豆まき《弐》
二度目の罪は感覚を麻痺させるのか。淡々と作業を進める男達の手で、柚霧は土穴へと転がされた。
「じゃあな、柚霧。一度はお前を抱いてみたかったけどよ。残念だ」
「なんだ、こいつに惚れてたのか?」
「っな訳ねぇだろ。前にこいつの"具合"が良いって褒めてる客がいたからさ」
胸糞悪くなるような会話を耳にしながら、実弥は黙って拳をきつく握り締めた。
ここで吠えたとて声は誰にも届かない。
(本体は何処だ…此処にはいねェのか?)
男達は恐らく記憶の残像のようなもの。
だとすれば本体は今死にかけている柚霧の傍にあるのではないか。
そう踏んでいたが、果たして読みは当たっているのか。
「しっかしお前も馬鹿な女だよ。健気に菊葉の下に帰ってたが、それがあいつを死に追いやってることに気付きもしないなんて」
「…あ?」
つい反応を示したのは、その言葉が予想もしなかったものだったからだ。
「菓子に、甘味に、薬の類。お前の帰省の土産の中で菊葉の口に入るものには、少しずつ毒を盛ってやってたんだよ」
ぐしゃりと握り潰したおはぎを、男はぼとぼとと柚霧の顔に落としていく。
「だからどんなに治療したって治りゃしない。無駄な足掻きってやつだ」
「いずれ毒で菊葉がおっ死んでしまえば、此処を出ていく目的もなくなる。そのまま一生女郎をやっていればよかったものを」
「まさかその前に借金を全額返済させられそうになるとはなぁ」
「ああ、そいつは驚いた!」
世間話のように話す男達の会話に、びきりと実弥の額に血管が浮かぶ。
弱肉強食。どの世もそうだ。
実弥の生きる世界も、当然の如くそうだった。
小さな母は常に父に暴力を振るわれ、抗うこともできずに生きていた。
だから守り抜こうと思ったのだ。
例え自身を盾にしても、命に代えても守り抜こうと。
その結果、母を殺す羽目になった。
この世は弱肉強食。
強くなければ生きていけない。
強くなければ何も守れない。
あの頃の実弥は弱かった。
守るべきものを一つにしか絞れなかった。
もっと力あれば、もっと知識があれば、母も弟妹達も守りきれたかもしれないのに。
唯一この手に残ったものは、自分を慕う次男だけ。
だから今度こそはと。