第13章 鬼と豆まき《弐》
覆い被さる幾つもの男の影。
無数の目はどれも柚霧を見下ろしていたが、どれもが柚霧を見ていなかった。
人を人と思っていないような目。
だから姉の体に毒を盛ったことにも罪悪感など浮かばないのだと。
そう悟った時には、遅かった。
「化けて出るなよ、柚霧」
自分達が犯した罪を隠蔽する為に、新たな罪を犯す。
そこに躊躇などない男の目は、柚霧を人としては見ていない。
(神、さま)
見開く柚霧の目に、息を詰められ生理的に滲んでいた涙が頬を滑る。
神様仏様とよく口にしていた、柔らかな姉の声を思い出して。
(──なんて、いないんだ)
人が作り出した、都合の良い産物。
奈落の底に叩き付けられるような絶望の中で、振り下ろされた拳が鈍い音を立てて柚霧の額を割った。
ゴッ、ゴッ、ガッ、
会話はない。悲鳴もない。
ただその場に響くは、骨を砕く鈍い音。
「ッんだよこれァ…」
抵抗もできない女に、寄って集って群がる男達が暴力を振るう。
ぱたた、と足元に飛び散った血にも目を向けず、実弥はただ目の前の光景に息を呑んだ。
そこには潰されるだけの命があった。
「なんだって言ってんだろォ!!」
堪らず咆哮した声が男達に浴びせられる。
しかし振り返る者も手を止める者もいない。
実弥の存在など無いものとして、目の前の光景は繰り広げられていた。
「ハァッ…ハァ…これくらいやりゃあ、もう抵抗も、できねぇだろ…っ」
殴り続けた拳を赤黒い血に染め、浅く呼吸をしながら跨っていた男が手を止める。
柚霧の顔は原型を留めない程に変形し、痣と出血により膨張していた。
「死んだか…?」
「いや…まだ微かに息があるぞ」
「頭を割ったんだ、そのうちに死ぬだろ」
畳を掻き毟っていた手は床を削り過ぎて爪を割り、血が滲んでいた。
その手も今は微かに痙攣するのみで、人らしい動きは見せない。
命の限界だと男達も悟っていた。
「安心しろ、柚霧。すぐにお前の大好きな姉も後を追わせてやるからよ」
「殺すのか?」
「じゃねぇと今度は菊葉に柚霧の死因を疑われちまうだろ」