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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第13章 鬼と豆まき《弐》



 そしてこれからも生きていくのだ。
 この狭く暗い小さな部屋で、男の慰み者になるだけの人生を抜け出して。
 一歩一歩は遅くとも、姉と共に手を握って歩んでいくのだ。

 今度こそ、自分達自身の為に。




『だからオレは反対したんだよ。菊葉に一服盛るのは止めようって』




 ぐにゃりと、その未来が歪んだようだった。




(──…え?)


 言葉の理解が追い付かなかった。


『そうでもしねぇと、妹を連れ出せねぇつったのは何処の誰だ』

『なんだ、俺の所為にする気か?』

『あの毒の調合も、梅毒に似せるのに苦労したのによ』


(梅、毒?…毒? 調合? 一服盛った、って)


 何を言っているのか。
 男達の言葉が断片的に、柚霧の頭の中をぐるぐると回る。

 毒を調合し、それを盛ったと言う。
 菊葉という、源氏名の女郎に。


( なに を 言って、るの ? )


 頭が真っ白になった。
 体が硬直し動かない。
 呼吸をするのも難色を示した体は、足元をふらつかせた。


(──あ)


 力を失くした手元から、おはぎの包みが滑り落ちる。
 咄嗟に阻止しようと手を伸ばしたが、呼吸を忘れた体は上手く動いてくれなかった。


 ガタ ン


『!? 誰だッ』


 踏み外した足が片膝を付く。
 大きな物音に襖の向こうがざわついた。
 勢い良く開いた襖に、一斉に男達のぎらついた目が硬直したまま見上げる柚霧を捉える。


「お前は…柚霧!?」

「なんでお前が此処に…ッ」

「仕事はどうした!」


 一斉に捲し立てる男達の目もまた、柚霧と等しく驚愕していた。
 いつもは物のようにしか見てこない目が、驚きを隠し切れないでいる。
 普段の男達とは明らかに違う態度に、柚霧は震える口を開いた。


「ひ…と、ごろし…」


 開口から零れ落ちたのは、ほとんど無意識の言葉だった。
 いつもは威圧ある男達が焦燥感を見せたからか。

 否。

 驚きはあっても、そこに後悔や反省の色は何一つなかった。
 一人の人間に毒を盛ったことについて、どうするべきかと悩んでいたのではない。
 働き手を一つ減らしてしまったことに勿体無いことをしたと、落胆していただけなのだ。


「人殺し…っ」


 人を一人、殺そうとしていたと言うのに。

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