第13章 鬼と豆まき《弐》
「それじゃあ…」
「柚霧ちゃんをこの花街で見かけなくなるのは寂しくなるな」
「まだ確定した訳じゃないですよ。今年もまだまだお世話になります」
「なら今年の柚霧ちゃんを沢山堪能しておかねぇと」
「ふふ。東屋さんが言うと厭らしくないから不思議ですね」
「そうかい? 男は誰でも欲の塊だ。気ぃ付けな」
「ええ」
深々と頭を下げて、赤い紅の唇が半月のように優しく孤を描く。
見慣れた憂いある儚い笑みを見送りながら、店主もまた物寂しげに息をついた。
「そんな染み付いた笑顔より、おはぎを前にしていた顔の方が余程お前さんに似合うと思うなァ…俺は」
華やかな花街の明かりの中に消えていく。
見送るその背中が、何故だかいつも以上に光に溶けてしまいそうな気がした。
からん、ころん。
からん、ころん。
賑やかな花街に下駄が鳴る。
そのリズミカルな音のようにそわそわと、暗い目が行き交うのを実弥は見つけた。
街並みの景色を行き交う中で、ちらりちらりと視線が落ちるのは手元の笹包み。
「あ?」
思わず声が出てしまう。
やがてぴたりと足を止めた柚霧は、じぃっとおはぎの包みを見つめ始めた。
一体なんだと等しく足を止めた実弥の耳に、聞こえたのは。
ぐぅ
切なさも混じるような腹の音。
「どうしよう…(匂いを嗅いでしまったら、凄くお腹が空いてきた…)」
「じゃあ食えよ」
思わず突っ込んでしまったのは、切実なる彼女の悩みが聞こえたからだ。
ぐるぐると腹の音を鳴らしながらおはぎを手に立ち尽くす女郎とは、なんとも滑稽な姿だ。
それなりの稼ぎをすれば、それなりに贅沢もできる。
それが表向きには華やかな夢の世界にも見える女郎の世界。
しかし実弥の目に映る目の前の女は、まるで乞食のような目をしていた。
僧侶のような食生活をしていれば当然だろう。
足を止め、あまりに目の前のおはぎに熱中していたからか。花街の賑やかな人通りで、人にぶつからない方が珍しい。
「あっ」
どん、と背に当たる肘にふらりと柚霧の足元が揺れる。
ぼと、と落下したのは黒紫色の塊。
「ああっ!?」
笹包みから顔を出していたおはぎが一つ、砂地の上に転がり落ちた。