第13章 鬼と豆まき《弐》
「あいや、すんまへん!」
「あ、いえ。いえ」
ぶつかった女が申し訳なさそうに頭を下げてくる。
慌てておはぎを拾い上げると、柚霧は背に隠しながら笑顔で頸を横に振った。
「大丈夫です」
「えらい声出しはりましたから…お怪我は?」
「いえいえ大丈夫です! お構いなくっ」
次の衝突を避ける為にも、足早に人混みから抜け出す。
やがて建物と建物の間の暗い細路地に逃げ込んだ柚霧は、はぁと重い溜息をついた。
手に持つおはぎは無残なまでに、砂だらけだ。
「早く食わねェからだろォ」
突っ込んだところで伝わりはしないのだが、接触を続けていれば抜け道は見つかるかもしれない。
というか今のところ、目の前の蛍と思わしき人物に接触を図るしか手はない。
その判断もあったが、それ以上に呆れた思考が上回った。
自分ならそんな失態は犯さない。
とでも言わんばかりの顔で、実弥が呆れた溜息をつく。
何も聞こえていない柚霧は尚も掌の上のおはぎを見つめていたかと思うと、徐にぱらぱらと砂を除き始めた。
小さな粒は餡子に入り込んでしまっている為、綺麗には取り除けない。
それでも大半の砂を除いたおはぎを、口に運ぶのに躊躇はなかった。
「いただきます」
鋭い犬歯などない歯が、あむりとおはぎを頬張る。
じゃり、と微かな砂の食感はあったものの、柚霧の咀嚼を止める壁にはならなかった。
「…おいひ」
もくもくと残りのおはぎの欠片も頬張りながら、呟く柚霧の顔には充足感。
まるでご馳走を口にしたかのような喜び様に、実弥は突っ込むことも忘れて見入った。
以前、彼女の作ったおはぎを握り潰した時に気を荒立てさせたことを思い出した。
静かに怒りを滲ませる口調で、食べ物を粗末にするなと怒られた。
尤もな言い分にあの時は反論もしなかったが、今目の前で見えている光景に納得する。
蛍自身がそうだったのだ。
小豆一粒まで大事に食べきる姿に、あの時の言葉に反論しなかった理由は別に在ったのだと気付いた。
あの時の言葉に上辺の薄さを感じなかった。
蛍自身が体感していたことだったから、言葉に重みを感じたのか。