第13章 鬼と豆まき《弐》
「ちゃんと食ってるかい?」
「まぁ、ぼちぼち」
「そりゃいけねぇや。しっかり食わねぇと男も寄ってこねぇぞ」
「体だけで釣れる男なんて、こちらから願い下げですね」
「はは! 言うねぇ。元気そうで何よりだ」
顔見知りらしい気さくな笑顔を見せる店主に、返す柚霧の態度も月房屋にいた時とは違って砕けて見えた。
「なんだか今日はご機嫌だな?」
「週末が近いので」
「そうか、家に帰る日か」
「はい」
「柚霧ちゃんも長いこと此処に居着いているが、律儀に家への帰省も毎度してるもんなぁ」
「その為に働いていますから」
「そうさな…帰る所があるってのは良いもんだ。此処にゃあなんでも揃ってるが、唯一無いものだしな。大事にしなよ」
「東屋(あずまや)さんも。息子さん、またうちへいらしてましたよ」
「へぇッあいつが? 懲りねぇなぁ、ったく」
「それだけ熱を入れてる[[rb:娘 > こ]]がいるんでしょう。うちに身請けはありませんし。本当に慕う心があるなら考えてあげてもいいのでは」
「それにしたって先立つもんは必要だろ? 月房屋もそれなりの借金でお前さん達を縛り付けてる店だ」
「…でも出口のない道じゃない。必ず先はある」
「そうは言っても──…」
渋い顔をし続けていた店主の目が、柚霧を見て止まる。
真っ直ぐに向けてくる両の目は、いつものように暗い色をしていたが凛と澄んでいた。
「…もしやお前さん…」
「ようやく、その出口が見えてきた気がするんです」
「そうか…そうか! そいつはめでたい! いやぁ、まさか本当に借金を返しきるとは…!」
「まだ完全に返済を終えた訳じゃないですが」
「にしたって凄いことだ。あの店から自ら抜け出した女子(おなご)は、今まで一人しか見ていないからな。そうか…頑張ったんだなぁ」
しみじみと呟く店主に、伏せがちに頭を下げる柚霧の口元にも僅かな笑みが浮かぶ。
そんな柚霧につられてか、店主も目を細めつつ口元を緩めた。