第13章 鬼と豆まき《弐》
観察していれば、なんとなしに理解した。
此処は蛍が創り出した幻覚だろうが、実弥を戸惑わせる為のものではない。
蛍の中に眠る記憶。
すなわち実際にあった、柚霧であった時の出来事だ。
だから他者の心情は見えてこないのに、不思議と柚霧の心の内は見えてくる。
愛する姉を慕い、再会を心待ちにする様はまるで無邪気な幼子のようだ。
だからこそ苛立ちも募る。
「こんな遊戯ごっこを見てる暇はねェんだよ。時透は何処だ!」
どんな過去を見せつけられようとも鬼は鬼。
そこに同情する気など更々ない。
竹刀の先を突き立て脅す実弥に、それでも弾む柚霧の足は止まらない。
すい、と竹刀を意図も簡単に通り抜けて、店が並ぶ街並みへと進んでいく。
「テメ…ッ! 待てコラァ!」
苛立つ実弥の咆哮と、唸る竹刀が躊躇なく柚霧を切り裂く。
しかし当たらない。
「ンの…! クソ! ちょこまか、動くんじゃ、ねェ!!」
血走った目をかっ開き殺気立ちながら追い掛ければ、あれはすぐに青褪めて逃げ出していた。
なのに今はのほほんとした空気を纏い、からんころんと下駄を鳴らすだけだ。
「あった。すみません、」
「いい加減に…っしろォ!!」
ぶわりと竹刀から放たれた風の刃が、店の暖簾を潜る柚霧の体を八つ裂きにする。
強烈な風の呼吸の効果か否か。
ふわりと暖簾が、微かに揺れた。
「おや、月房屋の柚霧ちゃんじゃあねぇか。らっしゃい!」
「こんばんは」
しかしそれだけだ。
夜風に靡く頭巾を片手で押さえながら、柚霧は店主へと話しかけた。
(ッあれが本体じゃないってのか?)
ぎり、と歯を食い縛った実弥が血走る目で辺りを探る。
淡い光が並ぶ花街には、何処にも鬼の邪悪な気配など感じない。
「じゃああいつの本体は何処にあるってんだ…!」
それを叩かねば、この過去の幻覚からは逃れられない。
事態は難航していた。