第37章 遊郭へ
(ま、芸事なら蛍の影鬼があれば解決するか。教養は──…)
以前、千寿郎の為に羽衣という能楽を舞った蛍を思い出す。
あれは影鬼に、何やら記憶を読み取らせて舞を手伝わせていようなことを蛍自身が言っていた。
その手があれば、どんな芸事も身に付けることができるだろう。
ただ教養はどうか。
蛍の過去は断片的に知っているが、それらの情報を合わせればあまり良い環境ではなかったように感じる。
頭と口の回転の速い杏寿郎に、瞬く間に言い包められている時もあった。
それでも、お館様である産屋敷耀哉に一目置かせた存在だ。
頭が悪い女だとは思わない。
教養はなくとも、生きる上での必要な"学び"は知っているだろう。
「…噂通りの接客をしてりゃいいが」
低俗な色欲は近寄らせず、その身を許さず男を惑わす。
本当に噂通りの花魁ならばと、溜息とも吐息とも取れない呼吸をひとつ繋げる。
遊女として潜入させた時点で、三人の妻達にも蛍にもそれなりの覚悟を背負わせている自覚は天元にもある。
それでもでき得るならば、他の男の欲などに汚されずに己の下へ戻ってきて欲しいと願うのだ。
(それも男の性ってやつかね…)
見上げる空は、色欲の街に似合わない程に快晴だ。
そんな昼間は静かな荻本屋から、ぽつりぽつりと人の気配が増えていく。
開店の準備を始める気配に、仕方なしにと天元は腰を上げた。
四六時中、荻本屋の屋根で待機する訳にはいかない。
蛍は囮なのだ。
悪鬼がそれを狙いに来るなら、鬼殺隊の影は一切勘付かせてはならない。
またその本質には、消息不明の妻達の安否確認もある。
店内に潜入できていないときと屋と京極屋は、天元一人で監視しなければならない。
「(やっぱ外からは弱いか)…まだ駒が必要だな」
店内でも目を光らせられる、女隊士の駒が。
ふむと頷いた時には既に、天元の姿は屋根の上から消えていた。